ぼくらの

573 : ワク×コズ『一年目の夏』

投稿日:2007/08/11(土) 17:55:41 ID:2zOmXmtB

太陽の光が、水面を照りつけている。
波打ち際で海水浴に興じる人たちの笑い声が聞こえる。
季節は夏。
まだ昼前だというのに、すでにうだるような暑さだ。

砂浜から少し離れた防砂林の木陰で、少年と少女が海を眺めている。
Tシャツと短パン姿の活発そうな少年と、電動車椅子の少女。
特段変わった組み合わせではないが、少なくともこれから海に入ろうという感じには見えない。
木陰にいればいくぶん暑さがやわらぐようだ。
時折吹く風が、二人の肌に浮かんだ汗の玉を乾かしていく。

コズエこと倉坂梢が、ワクこと和久隆と付き合い始めてから、今日で丸一年になる。

あの日、コズエはワクの家で、ワクへの想いを告白し、お互いの気持ちを確認し合うのみならず、ファーストキスまで済ませてしまったのだった。
晴れて交際を始めた二人だったが、その後ワクが、事情により中断していたサッカーを再開することになり、残りの夏休みは練習に費やされることになった。
新学期が始まってからも、土日はずっと練習。練習がない日には、遠征か試合が入った。

二人きりの外出は、元日にワク宅の近くにある神社へ初詣に行ったのと、春にコズエ宅の近所の桜を見に行った以来であり、今日が三度目となる。

そんな貴重な二人きりの時間に話すのは、ワクのたわいもない笑い話ばかりだった。
結局、付き合う前と何も変わっていない。
むしろ、キスを交わしたことで、なぜかお互いを変に意識してしまっているような気さえする。

そんな煮え切らない二人に、再び夏がやってきた。
二人が出逢った夏。お互いに想いを寄せた夏。気持ちを確認し合った夏。そして、初めて唇を重ね合った、夏。
コズエのクラスメート達は色めき立っている。夏の魔法と言えば聞こえはいいが、要するに心が開放的になり、恋人との仲が進展しやすいということだ。

泳げないコズエの心境は複雑だ。
二人で海に行ったら、ワク君は水着を着られない私よりも、可愛い水着の女の子に見とれてしまうんじゃないか?

それでもコズエは、ワクとの思い出が一杯つまった夏の海へ、もう一度行きたいと思った。

そして、二人が付き合い始めた記念の日(幸いにして練習は休みだ)に、海辺の木陰で、コズエとワクは一緒に砂浜を眺めている。

砂浜には、楽しそうにビーチバレーをしている男女のグループがいる。
波打ち際で、大きな一つの浮き輪に仲良く掴まっているカップルがいる。
コズエはワクに尋ねた。
「ワク君は、泳がなくていいの?」
「いやあ、もう昨日も遅くまでシュート練しててクタクタでさぁ、泳ぐ気になんてなれないよ」
そう言ってワクは笑う。
本当は、ワクだって精一杯体を動かして遊びたいのだが、ワクはそれをおくびにも出さない。
それが、いつものワクの優しさだ。
でも、今のコズエには、それが切なく感じられる。

コズエは、車椅子の生活でもさほど不自由はしていないし、そんな自分を呪ったことすら一度もない。
しかし、ワクとこうして海へ来ると、心の底から思う。
――私も、元気なワク君と一緒に、たくさんはしゃぎまわりたい。
そして、もっとありのままの私を見て欲しい。
例えば……そう、私の水着姿を見たら、ワク君は私に見とれてくれるのかな?

「…コズエ?」
ワクの声で、コズエはハッと我に帰る。
「どうした?何か考え事?」
「んーん、別に?」
とっさにごまかした。

…でも、やっぱり気になる。
コズエは思い切って、でも表面上はあくまでさりげなく、ワクに尋ねた。

「あのね……やっぱりワク君も、水着の女の子に見とれちゃったり、するの?」

突然の質問に焦るワク。
「えっ……な、何で?」
そりゃあ、俺だって女の子の裸は興味ある(ていうか最近はそればっかり気になる)し、自宅のベッドの下にはコズエには絶対に言えないような雑誌が封印してあるけど……。
とっさにそんな思考が頭をよぎる。

「べべべ別に、そんなこと、ないよの」
間抜けな誤植の様に舌を噛むワクを見て、コズエは可笑しくなった。
「ふふっ。気にすることないじゃん。むしろ普通じゃない?」
「で……でもさぁ」

「いいなあ。私も水着、着てみたいな」

ワクはキョトンとする。
フツー、女子って、男子が女子をそんな風に見るのって、イヤらしいとかフケツとか思うんじゃないのか……?

『ワク君て、本当にニブいよね』
なぜか、ツバサこと柊つばさの声が蘇った。
『コズエだって女の子なんだから、ちゃんと女の子として見て欲しいときもあるんだよ』

ああ、そうか。
俺がカッコいい所をみんなに見せたいと思うのと同じだ。
コズエも、カワイイとかキレイだって言われたいんだよな。

「コズエ!」
「?」
「今から、コズエの水着買いに行こうぜ」

「うわあ、ワク君、人いっぱいだね」
「そ……そうだな」

ワクとコズエの二人は、コズエ宅の最寄駅に隣接するショッピングセンターに来ている。
夏休みということもあり、建物の中は大勢の人でにぎわっている。
特にその店が若者向けの洋服を中心に扱うこともあり、10代から20台の若者のカップルの姿が特に目立つ。

――――――

「わ……私の、水着を?」
「そ。着てみたいんだろ?」
「で……でも……」
「いーからいーから。俺、小遣いもらったばっかりだし」
「え?今から行くの?」

思い立ったが吉日とばかりに、コズエの車椅子をつかんで走り出すワクだった。

――――――

そうやってコズエの返事も聞かずに連れて来てしまったのだが、

「ワク君、どうしたの?」
「い……いやその」

冷房がフル稼働している店内に入り、汗は引いたはずだったが、ワクは違う種類の汗が出そうな気がする。
ワクは、自分がこのような若者向けの店に一度も入ったことがないことに気づいた。
なぜか、入ってはならない大人の世界に足を踏み入れてしまったような感覚に襲われる。

障害者のための法整備は、道路にとどまらずこのような商業エリアにも適用されているから、コズエが車椅子であることは何の支障もない。
コズエにとっては、よく休日に友達と一緒にウィンドウショッピングをしにくるなじみの場所だ。

「そっか、男の子はあんまりこういうところ、来ないよね」
「そ……そんなことねえよ」

なぜか強がるワク。
サッカーの練習着はともかく、普段着まで自分で選ぶのは面倒臭くて、今でも親に買ってもらった服を着てるだなんて、死んでも言えない。
(これからは、自分で服、買おう……)
そう心に固く誓うワクであった。

「そ……それより水着、水着!」

このような買い物にうといワクでも見つけられるほど、水着売場は簡単に見つかった。
季節が季節なため、ほぼワンフロアが特設の水着売場になっているのだ。
足を踏み入れたワクは息をのむ。
これほどの数の水着が並んでいるのを見たことがない。
それはまさに、水着の楽園であった。

「うわぁ……」

ワクと一緒に、コズエも思わず声を上げた。
さまざまな形をした色とりどりの水着が、所狭しと飾られている。

色鮮やかに陳列された水着の列。
コズエは、まるで自分がお姫様にでもなったような気がした。
「ねぇねぇ、見てこれ。どう?」
コズエは、紐で結ばれた三角ビキニを自分の胸の前によせて、ワクの方を向く。
「そ、そりゃまずいって」
「え〜、どうして?」
(そんなの着てたらみんなコズエのこと見ちゃうじゃんかよ)
決して外で水着を着ることはないコズエにはいらぬ世話なのだが、なぜかワクはそんなことを思った。
いつもは落ち着いて見えるコズエだが、今日ばかりは目を輝かせてあたりを見回している。
そんな普段と違うコズエの姿を見たワクは、やっぱり連れてきて良かったな、と思う。

いくつかの候補からコズエが選んだのは、トップはフリルのついた抑え気味のビキニで、ボトムはスカート付きのセパレート。色は淡いピンク。
フリルの割には大人っぽく見える、というのが気に入った理由らしいが、ワクにはよくわからない。ワクは水着についている値札を見て青くなった。予算が足りない。
(お、俺のサッカーシューズより高い……)
結局、二人で仲良く半額ずつ出し合うことになった。

そのままバッグとしても使えそうな立派な袋を抱えて店を出ると、もう日が傾きはじめていた。
二人は、コズエの自宅までの道を、ゆっくり歩いていく。
「もうこんな時間か〜。あっという間だったな」
「……ワク君」
「?」
「今日は、本当に、ありがとう」
満面の笑みを浮かべてワクを見つめるコズエ。ワクは一瞬我を失う。
「い……いやあ別に、ていうか結局プレゼントにならなくて、ゴメンな」
頭をかきながら照れるワク。
「ううん。本当に嬉しい」
絶対に着ることはない水着。だけど、この水着のおかげで、ワク君とこんなにも楽しい時間を過ごせた。それだけで、十分、嬉しい。

幸せな時間はあっという間に過ぎ、気がつけば二人はコズエの自宅の前にいた。
ワクは挨拶をして帰ろうとしたのだが、コズエの父は少し顔色を変えて外に出てきた。
「今、ワク君の自宅の方で地震があったようだ。うちから電話を掛けてみなさい」

電話によると、幸いにも地震によるけが人はなく、ワクの家も無事だったのだが、電車のダイヤが相当乱れているらしい。要するにワクは帰れなくなってしまったのだ。
「今日は、うちに泊まってもらいなさい。ワク君のご自宅には電話しておくから」

虫の音が聞こえる。
時間はすでに夜半を過ぎた。
眠れないコズエは、ベッドから起き上がり車椅子に座る。
これからどこへ行くというのだろう。
ワク君が寝ている部屋?
顔から火が出るような思いがする。
なんだか自分がひどくいやらしい人間に思えてくる。
でも、ワク君と二人きりで話せる機会は、次にいつ訪れるかわからない。

決心したコズエは、部屋の自動ドアを開けた。
廊下に出たコズエは、人の気配を感じて声を上げそうになる。
「ワ……ワク君!?」
ワクは、寝るために供された隣の部屋からちょうど首を出したところだった。
「コ、コズエ……お、起きてたんだ」
「ワク君こそ」
「お……俺、枕が違うと寝付けなくてさ、アハハ……」

ワクとコズエは二人でコズエの部屋に入る。
女子の部屋に入るのは初めてらしく、やわらかく淡い色のものが並ぶ部屋の中で縮こまっている。
「今日は、ほんとにありがとう」
「い……いやこちらこそ、ゴメン」
ワクは緊張のため、自分が何を言っているのかよくわからない。
いつもは普通にしゃべれるのに、何だって俺はこんなにガチガチになっているのか。
昼間、あんなに明るくはしゃぐコズエの姿を見たからだろうか。
目の前のコズエが、タンクトップ姿だからか。
さっきまで、コズエの水着姿を想像していたからだろうか。
(コズエって、意外と胸、あるんだな……)
「あのね、ワク君」
「な……何?」
「私、泳げないから、水着なんて買いにいったことなかった。ほかの女の子たちが、すごくうらやましかった。
だから、その……ワク君につれてきてもらって、本当に嬉しかったよ」
そう言ってにっこりと笑うコズエ。
その笑顔を見て、ワクは胸を強烈に締め付けられる思いがした。

ワクは1年前のキス以来、コズエの顔をまともに見ていない。たまに会う機会があっても、目を合わせられないでいた。
(コズエって、こんなに可愛かったんだ……)
ひょっとしたら、これが『好き』という感情なのか?

しばらくの沈黙の後、
「あのね」「えっと」
二人は同時に声を出す。赤面して目をそらすコズエ。
「な……何?」
「ワク君いいよ」
「コズエが先でいいよ」
コズエはたまらずうつむく。
昼間買った水着、着てみたい。ワク君だけに、見せたい。
そんなこと、やっぱり言えない。
「ワ……ワク君が先に言ってよ」
「あ……あのさ、変な風に思わないでくれよ。
コズエが、昼間の水着、着てるとこ、見たいな」

コズエは顔のみならず全身から火が吹き出そうな思いがした。
ワクも同じことを考えている。
頭のてっぺんから足の指先まで真っ赤になったような気がする。
「な……なんつーか、さ。ほら、せっかく買ったんだし、着てみたらどうかな〜、なんて……。
べ、別にコズエの水着姿見たいとかそういうんじゃなくてさ……」
ワクも何だかあせっているようだ。それを見たコズエはおかしくなって、少し緊張がほぐれた気がする。
「う……うん、私も、着てみたい」

「ちょっと時間かかるけど、こっち見ちゃ、ダメだよ」
「あ……あぁ」
コズエはベッドに腰掛け、昼間買ってきた淡いピンクの水着を取り出す。
(水着なんて着るの、何年ぶりだろう……)
そして、背を向けているワクを少し気にしながら、タンクトップを脱ぎ始めた。
足が不自由なコズエでも、着替え程度のことは一人でできる。それでもやはり普通の人よりは手間がかかってしまう。
素肌をさらすコズエ。胸は、同年代の子たちと比べても遜色ない大きさだと自分では思う。恥じらいと興奮で朱に染まった白い肌に、フリルのついたトップをまとい、乳房を抱えて形を整える。
そして、片手で腰を上げ、片手で短パンをずらしていく。他人のものであるかのような足を抱え、赤いボーダーのショーツを取り去る。着替えるのも楽ではない。

ワクの耳に、衣擦れの音が聞こえる。
今、自分の後ろでコズエが裸になっているのかと思うと、ワクは何だか変な気分になる。
ちょっとくらいなら、見てもバレないかな……という誘惑を必死でこらえる。
一方で、コズエにとって着替えが結構な困難を伴う作業であることを思うと、ワクの良心は痛んだ。

「お待たせ……いいよ」

振り返ったワクは、ベッドの上で女座りをしているコズエを見た。
ワクの顔から目をそらし、伏し目がちのコズエ。
「か……可愛いよ」
ワクは自分の顔が真っ赤になっているのがわかる。コズエの顔は恥ずかしくて見られないし、かといって体の方を見ると、以外にも張りのある胸や、くびれた腰、白く細い太腿がいやでも目に入ってしまう。目のやり場に困るとは、こういうことか。
「ホ……ホントに?」
コズエは緊張の余り体が小刻みに震えている。
そんなコズエを見て、ワクは再び胸を強く締め付けられる。
コズエを、抱きしめたい。

「ワ……ワク君!?」
気づいたとき、すでにワクはコズエをその腕に強く抱きしめていた。

二人の時間が止まった。
窓の外の虫の音が、ひときわ高くなる。
コズエの長い黒髪から発する芳香が、ワクの鼻腔をくすぐる。
ワクの腕の中で、コズエは身を固めている。
互いの体温が、初めて通い合った。

「ワ……ワク君、痛いよ……」
ハッとしてワクは腕を放した。
「あ、ゴ……ゴメン」
目の前のコズエは、おびえたように小さく、うつむいている。
ワクは強烈な後悔に襲われた。
俺は、コズエを守りたいんじゃなかったのか。
突然抱きついたりして、コズエに嫌な思いをさせてしまった。
俺って、最低だな。

しばらくの沈黙の後、ワクは言った。
「……悪かった。
もう遅いし、そろそろ寝るわ。
水着、可愛かったぜ。見せてくれてサンキューな」
コズエに向かい、ばつの悪そうな苦笑を見せ、ワクは部屋を出ようとした。

「ま……待って!」
ワクは、コズエに背を向けたまま立ち止まった。
「あ、あの……えっと……」
コズエはつばを飲み込む。
「……も、もう少し、そばにいて」


ワクとコズエは、ベッドに並んで腰掛けた。
コズエは、水着の上にブラウスを羽織っている。
思えばワクは、コズエと一緒に居るとき、なるべくコズエを飽きさせないようにと、自分から話しかける一方だった。
だが今日は、ずっと黙っている。
コズエの話を、聞きたいと思ったからだ。
コズエが、ぽつりぽつりと話し出した。

「……ワク君、いつもゴメンね。」
「な……何が?」
「私が車椅子じゃなかったら、二人でもっといろんなところに行ったり、一緒に遊んだりできるのにね」
「い……いや、そんなこと全然思ってないよ」
それはワクの本心だ。コズエに合わせて行動することは、ワクにとってなんら苦痛ではない。
「俺のほうこそ、忙しくてなかなか会いにいけなくて……ゴメンな」
ワクは優しい。
コズエのことを大事に思ってくれている。それは、わかる。
今日だって、水着を買いに連れて行ってくれたし、明日はまた練習があるのに、こうして遅くまでコズエと一緒に居てくれる。
だが、その優しさが、コズエを追い詰める。

「あのね、私……ワク君がサッカーで活躍するの、すごく嬉しいし、応援したいなって思う。
でもね、私、すごく不安なの。
ワク君がサッカーがんばればがんばるほど、何だかワク君が遠い存在になっていくような気がする。
……だから、私……」

「ゴメンね、ワク君。
私、ワク君より上手な人が一杯出てきて、ワク君が試合に出られなくなって、早くサッカーに飽きちゃえばいいのにって思ってた。
そしたら、もっとワク君と一緒に居られるし、ワク君を独り占めできるのになぁって。
……私、嫌な子だよね。
ワク君は、忙しい中でも私のためにいろいろしてくれてるのに」
「コズエ……」

ワクは、コズエの話にショックを受けている。
それは、ワクがサッカーに飽きることをコズエが望んでいることに対してというより、コズエが自分のことをそれほどまでに想ってくれていたのだということ、それを自分はまったくわかってやれていなかったことに対してのものだった。

コズエは、隣に座るワクの手の上に、自分の手の平を重ねた。
ワクの手に、コズエの体温が伝わってくる。
コズエの温かい気持ちまで一緒に伝わってくるような気がする。

「ワク君……ゴメンね。
私、ワク君にいつも何かしてもらうばかりだったね」

そんなことはない。俺だって、コズエからいろんなものをもらっている。
でも、俺がコズエからもらっているものって何だろう。
うまく言葉にできない。

「……私たち、別れようか」

ワクが想像もしなかった言葉がコズエの口から出る。
コズエを振り返るワク。
コズエは、目にあふれんばかりの涙をためながら、にっこりと微笑んだ。

「私、ワク君がいなくても、大丈夫だよ。
だから……今日は、もう少し、こうしてて」

コズエの目からあふれた涙のしずくが、重なり合うワクとコズエの手の上に、一つ、二つ、落ちた。


しばらくの沈黙の後、ワクは口を開いた。明るくも暗くもなく、落ち着いた声で、確かめるように語りだす。

「俺さ、一度サッカーやめてたじゃん。
俺、思ったんだ。
このままずっとサッカーを続けられるとは限らない。
いつか、サッカーを離れなきゃならなくなるときがくるかもしれない。
それはザセツなのか、飽きてやめるのかはわからないけど。
そう思ったら、自分が何でサッカーやってるのかわからなくなってきたんだ」

涙で赤く腫らした目で、ワクをじっと見つめるコズエ。
ワクは続ける。

「一度、ちゃんと考えたかったんだ。自分がサッカーをやる意味を。
……だから、あの時、自然学校に来た。そして、コズエに出会った」

コズエは、ワクと初めて出会った時のことを思い出す。

港の岸壁で点呼を取ったとき、何かを思うようにコズエをじっと見つめていたワク。
それから船の中でも、島についてからも、なぜか自然と近くにいてくれたワク。
あの時のことを思い出すと、コズエはいつでも温かい気持ちになれる。

「俺……最初はコズエのこと、自分が守ってやらなきゃって思ってたんだ。
コズエが俺のこと好きだって言ってくれたときも、そうだった。
でも……違ってた」

「あのさ、コズエ」
急に問われて驚くコズエ。
「コズエは、俺がサッカーやってるから好きになってくれたわけじゃないよな?」
かすかにうなずくコズエ。

「なんつーか、その……
サッカーやってる俺、じゃなくて、ありのままの自分、っていうのかな。
それを、コズエが好きになってくれたような、そんな気がしたんだ。
それが、すげえ嬉しかった」

「だから……サッカーしか取り柄のない俺だけど、もしいつか俺がサッカーをやめるときが来ても、大丈夫だって思えるようになった」

「コズエのおかげで、俺はまたサッカーを続けることができたんだ」

コズエの目から、とめどなく涙があふれてくる。
コズエの視界はぼやけ、もう何も見えないが、ワクの声だけはコズエの心にはっきりと届いている

「……俺、コズエのこと、大好きだよ。
今日みたいにもっと、コズエの楽しそうな顔が見たいんだ」

「だから、別れるとか、そんなこと言うなよ」

こんなにも人から必要とされている自分は、なんという幸せものだ、とコズエは思う。
車椅子だからとか、サッカーをやっているからとか、そんなことを考える必要はない。
今の自分の想いに素直になれれば、それでいい。

「ワク君、……
ありがとう。ゴメンね」

「私も、ワク君のこと、大好きだよ」

二人は、手のひらを重ね合った。
手をつなぐだけで、なんだか心までつながったような気がする。それが、ワクには不思議だった
ワクはコズエの頬を流れる涙を指でぬぐってやる。

「ご……ゴメンね。一杯泣いちゃって」
潤んだ瞳で苦笑するコズエ。
「……ううん。可愛いよ、コズエ」

二人は顔を寄せ合い、目をつぶると、唇を重ね合った。

虫の音が聞こえる。
薄暗い室内に、月明かりが差し込む。

ベッドの上で身体を寄せ合う、半裸の少年と少女。
緊張と興奮とで荒くなる息を、懸命に押し殺している。
エアコンは効いているはずだが、汗ばむような暑さを感じる。

ワクはその肌に、初めて女性の身体を感じている。意外と、やわらかい。

「あ、あんまり、見ないで……」

コズエは自分の二の腕が太いことに若干のコンプレックスを抱えている。
足は使わないために細いのだが、その分腕の力に頼ることが多く、必然的に腕に筋肉がついてしまうのである。
だがそれとて、ワクにしてみればたいした違いには見えない。

ワクは、水着の上からコズエの胸の膨らみに手を触れる。ぞくりとした感覚がコズエの背中を上る。
だが、不思議と嫌な感じはしない。ワクになら、何をされても大丈夫だと思う。
ワクはしばらくの間、そのまま胸の上に手を置いていた。
そして、その手を這わせ、コズエの下半身に触れる。

「……!」

恥ずかしさに悶えるコズエ。だが、足を閉じることはできない。
ワクはコズエの丘の上に手の平を乗せて、その先にある谷間を水着の上から指でなぞった。

「あ……んん……」

たまらなく、恥ずかしい。
でも……ワク君に求められていることが、嬉しい。
今まで感じたことのない熱い感覚が、身体の中心に集まってくる。

「ワ……ワク君……」

コズエは、こういうとき自分がどうすればよいのかがわからない。
ただ、ワクにされるがままになっている。

ワクはコズエの水着の隙間に手を入れ、コズエの秘所を直に触った。

「いや……恥ずかしいよ……」

さほど長く触っていたわけではないが、コズエのそれはすでに濡れ、襞が開いている。

「あっ……ああっ」

ワクがコズエの谷間の上部にある突起に触れると、コズエは痙攣を起こしたかのように身体をよじらせた。
そこが、女性にとって気持ち良い場所であることは、ワクも知っていた。
初めて手に感じる女性器と愛液の感触に戸惑いながらも、ワクはコズエが自分の手で気持ち良くなっていることを嬉しく思うし、そんなコズエがなおさら愛しく思える。

ワクはそのままコズエの水着をずらし、脱がしていく。
足を動かせないために、コズエの下半身は隅々までワクに見られてしまう。
そう思うと、ますます下腹部に熱が集まってくる。
そして、水着のトップを無理やり上に脱がしてしまう。

まだ脱げきらないうちに、ワクはコズエの乳房をつかんだ。
「あ……ま、待って……んん……」
ワクがコズエの乳房の先端にある桃色の突起を指でつまむ。
コズエの身体を痺れるような感覚が襲う。
「ああっ」
乳首も気持ちが良いのだとわかったワクは、そのままコズエの乳首にキスをし、舌で舐める。

「ワ……ワク君……」
乳首を舐められると、何だか変な気分になる。
ワクのことが、愛しい。可愛い。
コズエは思わず、ワクの頭を撫で、頬をさすった。


コズエは、ベッドの上に後ろ手をついた。自分で動かすことがままならない足を左右に開き、その間にワクを迎えている。
ワクは、コズエの入り口に優しく触れる。ゆっくりとその奥へと指を滑り込ませ、そのまま、コズエの中を探るようにかき回す。
「あ……」
「……痛くないか……?」
「……ううん……気持ち、いいよ……ワク君……」

コズエは、暗がりに屹立するワク自身に、恐る恐る触れてみた。
「うっ」
ワクの声で、とっさに手を離すコズエ。
「……痛いの?」
「違うよ……俺もコズエに触られると、気持ちいいんだ」
コズエはワク自身を手の平で包み込んだ。そして、初めて触るその形を確かめるかのように、根元から先端までを指先でなぞっていく。
「ああっ……こ、コズエ……」
ワクも自分と同じように気持ち良く感じていることが、コズエにはたまらなく嬉しい。
コズエは、自分がしてもらったように、優しくワク自身を握り締め、愛撫した。
「コズエ……もう……俺……限界だよ」
「わ……私も……ワク君が、欲しい」



「コズエ……いいか?」
「……うん、いいよ……」
正直、怖い気もする。
あんなに大きくて、硬いワクのそれが、自分の中に入るというのがまだ信じられない。
それに……
体を許してしまったら、ワク君は自分に飽きてしまわないだろうか。
……いや、私は決めたんだ。
ワク君を、信じる。ワク君のことが好きな自分を、信じる。
だから……

「……ワク君、大好きだよ」
「……俺もだよ、コズエ」
お互い確かめ合うようにささやきあった後、二人は互いの性器を触れ合わせた。

ワクは、どの方向に自分自身を押し進めていけばよいかわからず、戸惑う。
「ん……と……ど、どっちかな」
そんなワクをコズエは握り、導く。
「……ここ、だよ」
ワクのそれが、コズエの入り口を押し開いた。
「んっ……」

ゆっくりと、だが確実に、ワクのそれはコズエの中に入っていく。
「ううっ……」
コズエは余りの痛さに顔をゆがめる。
だが、それこそが、ワクの体を、ワクの想いを、自分の中に受け入れている、証だ。
そう思うと、この痛みさえ、愛おしく思える。
「……コズエ……大丈夫か……?」
「う……うん……ちょっと痛い、けど、大丈夫、だよ……」
コズエは、痛みに眉をしかめさせながらも、ワクに微笑んだ。
「気持ち、いいよ、ワク君……」

ワクは、自分の身体をよりコズエに近づける。
ワクの身体が近づいた分だけ、ワクのそれが、より深くコズエの膣内に挿し込まれてゆく。
コズエの中は、やわらかくて、熱い。
気持ちいい。
それ以外の言葉が浮かんでこない。
ワクは脳が痺れるような感覚を味わう。
ワクの身体が動くと、コズエは身を捩じらせ、ワクのそれを締め付け、絡みつく。
それが、たまらなく、気持ちいい。
「コズエ……俺も、気持ちいいよ……」
「ワ……ワク君……」

コズエはいつしか、ベッドの上に倒れこんでいた。
ワクはコズエの両足を抱え、さらに深く、自分自身をコズエの中に挿入する。
「んん……くぅっ……」
ワクは自分自身を最奥部まで挿入する。
「ああっ」
コズエはたまらず声を上げた。
そして、入り口まで戻り、再度深く、挿入。
「ううんっ」
そのまま、前後運動を繰り返す。
ワクの亀頭が、コズエの内壁に激しくこすり付けられる。
ワクの動きが早さを増していくとともに、卑猥な液体音が徐々に大きくなっていく。

「はあっ…ああっ…ふうっ…ああん…あんっ…あんっ…はあんっ…ああっ…はっ…ああっ」
コズエはすでに痛みを通り越している。
ワクをその身体に迎えた悦びと、ワクの亀頭による刺激で、突き上げられるような快楽を味わっている。
「ああっ…ワク君…ワク君…気持ち…イイよ…
…あっ…ワク君は…あっ…気持ちイイ…?」
「ああ…気持ちイイ…気持ちイイよ…コズエ」

ワクの亀頭がコズエの上壁をこするたびに、コズエの膣内はまるでそれに応ずるかのようにワク自身に吸い付く。
その快感でさらに硬くなったワクの亀頭が、より激しくコズエの上壁をこすりつけるのだった。

「ワク君…私…もう…気持ちよすぎて…おかしくなっちゃいそう…」
「お…俺もだよ…コズエ…もう…イっちゃいそうだ」
ワクの前後運動が、ひときわ激しさを増す。

「ワク君…ワク君…ワク君」
「コズエ…コズエ…コズエ」
互いの名を、うわごとのように繰り返す。
そして―――

「あああぁっ」
コズエは、絶頂に達した。
全身の力が抜けてゆくのを感じる。
そして、ワクも。

コズエの奥深くまで挿入されたワクのそれが、一瞬硬くなり、躍動する。
そして、じんわりとした温かい感触が、半ば感覚の麻痺したコズエの膣内に広がっていく。
それとともに、コズエはワクへの想いで自分の身体が満たされていくのを感じる。

二人は、つながったまま、互いを強く抱き締め合い、キスをした。
そして、舌と舌を絡ませ合う。
自然と行った行為だったが、これが大人のキスなんだな、とワクは後から気づいた。
唇を離す。
見つめ合う二人。
「……痛く、なかった?」
「……うん、最初、ちょっとだけ。でも、すっごく気持ちよかった」
「俺も、すっげえ気持ちよかった。……大好きだよ、コズエ」
「私も。ワク君、大好き」

コズエの瞳は潤んでいる。
だけど、その瞳から涙のしずくが零れ落ちることは、もうなさそうだ。

――――――

夏休みの最終日。
Tシャツに短パン姿の少年と、車椅子のと少女が、海を眺めている。
前と同じ場所で、同じ姿で佇む二人。
ただ一点異なるのは、二人の手が固く結ばれていることだった。

「あのさ……コズエ」
「?」
「俺、コズエと同じ高校、受けようかな」
コズエはワクを見つめる。
その顔は、嬉しさ半分、呆れが半分の複雑な表情だ。
「あ、コズエ、今俺のこと疑ったろ?」
「だってワク君、ついさっきまで夏休みの宿題、終わってなかったじゃない」
「お、終わればいいのさ」
「ワク君、沢山勉強しないとね」
「コズエに教えてもらうさ」
「教えて下さいコズエ様、でしょ」
「教えて下さいコズエ様」
「三回回って、ワンって言って」
「…コズエ!」
二人の笑い声が、青空に吸い込まれていく。

涼しい風が、肌に心地良い。
夏の終わりは、もう近い。

レス :
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