ぼくらの

854 : カンジ×マキ

投稿日:2007/09/02(日) 23:10:01 ID:6k1Xrog4

『あのもみあげの女は少し、カンジに似てる』
マキの事だ。ウシロよ、次のパイロットの名前くらい覚えていろ。
彼女は夜中にカナちゃんのことについてウシロに忠告をしに来たそうだ。
ウシロの場合言っても聞かねえだろうけど、マキの性格上ほっとけなかったんだろう。母性本能ってヤツか。
それからウシロはマキに言われた事をオレに話して聞かせた。

「手、繋ぐか」
そして、今オレはそのもみあげ女とデートしている。
差し出した指がマキの細い指に触れる。見下ろした肩が動き、小さな体が少し離れた。
「いい。……ごめんなさい」
少し残念ではあるが、まあ仕方が無い。
繋ぐ相手の居なくなった手をポケットに突っ込んで、少しばかり思いにふける。

恋なんて今までしたこと無かったし、したいとも思わなかった。避けていた、とも言えるだろう。
それは相手と死んだ母親とを比べてしまうというより、むしろ俺自身と俺の父親を比較しての事だ。
子供は、親を選べない。オレは今でも時たま、違うと分かっていても、母の自殺の原因の一部は父に在ると考えてしまう。
あの時親父は何もしなかった。
死んだ母を踏み台にして、自分だけ出世していった。
少なくとも、息子のオレにはそんな風に見えた。
恋愛という言葉は、どうしてもその先の結婚だとかセックスだとかまで連想させてしまう。
自分は、父親には成れない。
きっと、オレの父親みたいな男に、なってしまうんじゃないか。
考えすぎている。時々自分でもそう思っていた。
そう思っていた時に、ウシロのヤツからマキの話を聞いた。
目から鱗が落ちた。
いや、この場合は耳から、と言うべきなのか?

マキはいつも元気で、カラッとしてて情に篤い感じで、とても良いやつだ。おまけにからかい易い。
それが、自然学校での印象だった。まあ、普通にクラスとかにでもいそうな女の子だ。
しかし、ジアースと出会ってからはその印象が変わった。
なんだか、肝が据わりすぎているというか。
コダマが死んだ時なんか、次に自分が死ぬ可能性もあったのに、怯えるコモを励ましたり、
それ以前にも妙に冷静なところがあるような、そんな。
あるいは、オレと同じように自分の死に対する意識が普通の人に比べて薄いのか。
でもそれなら、なんで他人に対してはああも親切でいられる?
ウシロがカナちゃんに暴力を振るうとき、なんであんなに過剰反応するか。
そんな疑問が、いっぺんに解けた気がした。
それ以来、オレは残り少ない普通に流れる日常の中のところどころで彼女の姿を思い浮かべてしまうようになった。


『マキ、電話よ。吉川君って人から』
お母さんから渡された受話器を受け取る。
『もしもし。カンジ君から電話なんて珍しいね、どうしたの?』
『この間のお出かけは、本当にダブルデートだったみたいね。お父さん』
あたしの後ろでお母さんがからかい口調でそう言ったら、一拍置いてガシャンと音がなった。
きっとプラモデルが悲惨なことになってるんだと思う。
『なんか変な音しなかったか。……そっか、まぁいいや。
 なあマキ、今度の休み暇ならオレと二人で会って話しをしないか。……コエムシには、あまり聞かれたくない話だ』

と、まあこんなカンジのやり取りがあって今日に至るわけなんだけど……。
カンジ君が家に迎えに来てくれた時にお母さんが『彼氏とデート』とか言ってくれちゃったもんだから、変に意識してしまう。
そんな自分がいかにも『オンナノコ』みたいで、ちょっとだけ嫌になる。
ちらりと隣を歩く背の高い男の子を見る。
「手、繋ぐか」
思わず断ってしまった。ひょっとして失礼だったのかな。
特定の男の子と、二人きりで、という今のような状況は、生まれて初めてだ。最初で最後かも。
暫くの沈黙。
あー、なんか変なカンジがする。カンジくん、何か喋ろうよ。話があるんじゃなかったっけ?
あたしは一度は逸らした目線を再びカンジ君に向ける。
いつものふざけた様子は無く、真剣な眼差しでどこか遠くを見つめている、大人びた横顔があった。
「……これからどこ行くの?話って、何?」
マキはこのすばらしく気まずい空気を早く払拭したかった。カンジが答えた。
「オレんち。……死んじまう前に、やりたいことがあるんだ。詳しいことは、着いてから言う」
それならはじめからあたしをカンジ君のとこに呼べばいいのに。そう言ってみたら、カンジ君、
「マキとコモの地元、一度見てみたかったから」って。あぁ、そういえばあたしはもうすぐ死んじゃうんだ。
そう考えるとなんだか気まずさがスーッと抜けてった。
ただ黙って二人で歩いた。
あたしの見ているもの、見ていたもの、見てみたいもの、あたしの代わりにカンジ君に見てもらおう。弟が、生まれるまで。
電車に揺られながら、あたしはそこからは見えないあたしの家の方向に目を向けた。だんだん遠ざかっていく。


「今更ってか、こんなタイミングで言うのもアレだけど、オレ、マキの事好きになった。
 少しだけ、なんなら今日だけでいい。マキの時間をオレに分けてほしい」
改札を抜けてカンジ君にそう言われた時、頭を殴られたような気分になった。
「えー……ソレってあたしを女として見て、ってこと?」
「普通そうだろ。あんまり言わせるなよ」
否定してほしかった!
人から好かれるのは、もちろん嬉しい。でも、この告白は嬉しくない。
そりゃあ、このまえはコモと出かけて女の子らしくなろうと半ばコスプレみたいな格好して写真までとったケドさ。
今のあたしは人から、男の子から「好き」なんて言われて素直に言葉を受け入れて喜べるほど『オンナノコ』ではない。
「どうして、あたしなのかなー?」
「ウシロから話を聞いた。オレも男に……正確には大人に、だけど。成りたくなかった」
え?どういうコト?
あたし、ウシロには『カナちゃんを守りなさい』って言ったはずだけど。
「気にしてたんだろ、自分を生んだ親のこと」
カンジ君はそう言って一息ついた。あたしは歩きながら黙って隣で聞いてた。
「オレも、似たようなモンだから。でもマキはオレと違って……」
「何が違うの?」
「いや、なんでもない。とにかく偉いと思う。とにかく、これだけ素直に特定の他人を好きになれたのは初めてだ。
 今までそういうの避けてたし」
前言撤回だ。
真剣に語ってくれるカンジ君の言葉はやっぱり嬉しい。……ちょっと照れくさいんだけど、でも。
「ありがとう。でもそんなコト言われるとこっちまでカンジ君のこと好きになっちゃうよ!」
「それ、オーケーって意味?」
「普通そうでしょ。あんまり言わせないでよね!」
あたしはきっと真っ赤な顔をして答えた。そうしたところで、ちょうどカンジ君の家に到着。
でも、ちょっと待って。付き合うって、それでいきなり彼氏の家って!!
流石に二人きりってことは無いよね?だよね?一様確認してみる。
「あー、カンジ君。お家の人とかは?あたし今からでも手土産買ってこようか」
「父さんは家にめったに帰ってこない人だし、要らないよ。そんな気を使うなって」
「そ、そっか」
何キョドってんの?いつもアンコをからかう時のアノ顔でカンジ君が。
ドキドキしながら、合わせてあたしもいつもの調子で、うるさいなーと返す。
二人で笑う。
このカンジ。あたしはあと何回こうして人と笑いあえるのかな。


「喉渇いたろ。何か飲むかー?」
「何でも、あるのでいいよっ」
居間に案内されたあたしは、そこで正座をして背後からの声に応えた。
コモん家程じゃないけど、ところどころにかなり高そうな家具が置かれてる。
「お待たせしました!このようなお飲みものは如何でしょう?」
畏まった言い方で、でもふざけてカンジ君が差し出したものは、ワイン。ラベルには見たことの無いアルファベットが並ぶ。
「沖天楼落成の記念でうちの親の勤める会社が両親に用意したらしい。オレも飲んだことはない」
そ、そんなのいきなり開けないでよ。普通お茶かジュース出すでしょ!
「あたしそういうの飲んだことないんだけど。ていうか、カンジ君のお父さんが大事にとっといたんじゃ?」
キュルキュルと回るコルクを横目で見ながら質問するマキ。
「これはオレの分だからいいんだって。ほら」
差し出されたグラスの中に注がれた濃い赤紫の液体を見つめて、マキは尚食い下がる。
「で、でもあたし達未成年だし、コレって見るからに高そう……」
己の分を注いでボトルに栓をした少年が目に前に座って下を向く少女に説明をしはじめた。
余談だし、こう言うと失礼かも知れないのだが、この少年、ワイングラスを持たせるともう完全に中学生には見えない。
「これは、母さんがオレの為に残してくれたんだ。『大人になったら好きな女の人と飲みなさい』って。
 でもオレ達は大人に成れないから。……いつ戦闘が始まるか判らないし、飲めるのは今しかないと思って。
 あ、別にコレが飲みたいからって、相手は誰でも良かったわけじゃなくて」
まだ口をつけていない赤い液体が波を立てる。なんだかおかしくって思わず笑った。

「ははははは。あー、そっか。ごめん、笑ったりして。カンジ君って意外とロマンチストっていうか。
 うん、今日行き成り告白されて家に連れてかれて、あたしかなりびっくりしてさ、
 もうそのままベッドに直行させられるものかと思ってた!」
カンジ君が一瞬固まったように見えた。なんとなく顔も赤いような気がする。あたし、何かおかしなこと言ったっけ?
「……流石に、告白したその日にってのはナシだと思ってたけど。付き合うって決めた訳じゃねえし。マキはいいのか?」
「うん?」
急に居ずまいを正して問うカンジ君に思わず頷いて返す。
するとカンジ君はグラスのワインをイッキの要領であっという間に飲み干した。
お酒の事とか詳しくは分からないけど、ワインってそういう飲み方をするんじゃないと思うんだけど。
それにしても、『好きな女の人』か。正直に言ってそんな風に言われるのはまだ慣れないけど、やっぱり嬉しいな。
手にしたグラスを傾けて中の液体に口をつけた時、カンジ君に名前を呼ばれた。
頭を上げると目の前にカンジ君の顔があって、戦闘中敵を睨むみたくそれ位必死な目つきであたしを見ていて。
ちょっと怖かった。だから首を動かしてそっぽを向こうと思ったんだけど、なんとなくそうする事は間違ってる気がして。
その代わりにあたしはまぶたを閉じた。


友達から借りたマンガだったかな。初めてのキスはレモンの味とかなんとか書いてあったケド。
あれは完全に間違い。実際は二人が直前に口にした食べ物とか飲み物にかなり影響される。
この場合は、ぶどう酒の味。
ワインで濡れた唇は想像以上に柔らかくってドキドキしてしまう。
そろそろ目を開けたいと思ったそのタイミングで、ゆっくりカンジ君が遠ざかっていった。
唇が離れる時に、ちゅっ、と小さな音がなった。
すごく小さな音だったけど、ソレを聞いてなんだかいやらしい気持ちになってしまった。
「部屋行こうか」
立ち上がったカンジ君にそのままついていく。
俯いた顔をわざわざ覗こうとは思わなかった。きっと、あたし自身も同じような顔してるから。
ワインは結局、飲んでない。

カンジ君の部屋に着いてまず目に留まったのが、ジアースのコクピットで見慣れたあのヘンな椅子。
聞くと姿勢を正す椅子だとか。カンジ君、小学生の頃は一時期かなり猫背だったらしい
「マキには必要ないよな。姿勢いいし。そこ座りな」
「うん。だってあたしカンジ君みたいに背高くないからさ。これで猫背だったらみっともないよ」
ベッドの端に腰掛けながら返事をする。
……カンジ君はここで毎晩寝てるのか。家では布団敷いて寝てるからよく分からないけど、なんか大きい気がする。
うん、人が二人並んで寛げそう。
……。
…………。想像しちゃった。あたしとカンジ君でここで寝そべってて、見つめあってて……。
「どうする?これから」
カンジ君がそう聞いたとき、あたしはカンジ君のベッドに座って手をついてて、じっと掛け布団とシーツを見つめていて。
多分、他の人から見たら心ここに在らずな状態だっただろうから。それでも、カンジ君の言葉に応えようとしていて、
「……キスの続きを、何回も」
思わず口から出てきたのは、妄想に近い想像の続き。
「マキ?」
上ずったような声に呼ばれて振り返って赤い顔を見て、やっと気づいた。
「あ」と声を上げ、恥ずかしさから手にした毛布を顔に寄せ、『オトコノヒト』のにおいに驚き、慌てて手で顔を覆う。
この前国語で習った”墓穴を掘る”って、まさにこういう事だって実感した。
”穴があれば入りたい”心のそこから、そう思った。

ドキドキがとまらない。カンジ君があたしの隣に座った。
心臓よ、お願い、止まれ。……いや、止まっちゃ駄目だよ。落ち着いて。
「オレ、今すげぇ緊張してる。マキも?」
「あ、あたりまえでしょ!こんな恥ずかしい思いしたの初めてかも」
「オレもだよ」
二人で照れて笑って、今度はどちらからということもなく、自然に唇を寄せ合った。
ただ、一度は繋ぐことを拒否した手を伸ばし、しっかりと相手の指に絡めたのは、マキの方だった。


口と鼻に広がるにおいは、やっぱりワインの香りで、カンジ君の唇の動きに合わせてあたしも舌を動かす。
上手いキスの仕方なんてもちろん知らないし、カンジ君の方も『そういうコト』を避けていた風なことを言ってた。
ただ、先輩から聞いたり小学生の頃友達と一緒にエロ本を見たりして、なんとなく頭の片隅に入ってただけの知識
(二人とも興味が全く無かったわけじゃないわけで)を総動員して、お互いを求め合った。
そういえば、ワインを飲んでないあたしのキスを、カンジ君はどんな味だと思うのかな?
……恥ずかしいから聞かないケドさ。

息が苦しくなって唇を離すとそこからつぅ、と唾液の糸が伸びて、それを見てもう一度恥ずかしくなる。
はあはあと息を切らせながら口をぬぐって、カンジ君があたしの服に手をかけた。
「やっ、あ、あたし自分で脱ぐからさ、その……カンジ君も、脱いで!」
あたしは慌てて飛びのいて、ベッドの奥、壁に背中をつけて自分の足元を見ながら段々と声が小さくなってしまいつつも主張して。
「こっち見ないでよ?」
「どうせ後で向かい合わなきゃだろ」
そりゃあそうなんだけど、でも、心の準備ってのがあるでしょ。
あたしは脱いだパンツにいつの間にか出来ていた染みを見て、悟られまいと畳んだ洋服の間に挟みこんだ。
そしたらタイミングを計ったように背中に体重がかかってきて、「遅い」と声がした。
背中と腕を回されたわき腹、それに息のかかる肩から肩甲骨にかけてが異様に熱く感じる。
カンジ君は優しく圧し掛かっていて、その体の重さはむしろ心地よくも思えたけど、なんだかそれが恐ろしく感じられて、
畳んだ服の、奥に隠した湿った下着を思い出して。
あたしは重力の方向に沿って壁に体をつけた。
頬に、肩に、胸に壁の冷たい感触が。背中にはカンジ君の暖かい体が。
頭に浮かんだのはあたしを生んだ本当の母親のコト。
あたしの本当のお母さんは、こんな風に、男の人と―あたしはそれが誰かなんて知る由もないんだけど―セックスして、
あたしを生んだ訳で。今こんな風にドキドキしてるのは、『そういうコト』を求めてしまうのは、
あたし自身がそういう『女』って事で、それはあたしにとって絶対に、嫌なこと。
相手のオトコノヒトを、今のあたしの場合だとカンジ君を好きかどうかとか、関係なくて、『そういうコト』は怖くてたまらない。
いや、ちょっと違う。『そういうコト』に焦がれるあたしと、あたしの中に流れてあたしにそうさせる血が、怖い。
……カンジ君相手じゃなくても、こんな風にドキドキしてしまいそうな自分が。ただセックスだけを求めそうになってしまう自分が。
「怖い。カンジ君、あたし、あたしが怖いよ」
他人に、特に男の人には絶対に言いたくないって思ってた言葉が、口からこぼれてきた。
あたしはあたしであって本当のお母さんは関係ない、本当のお母さんの子供はあたしが小さい頃に死んでいて、
今のあたしは「阿野」万記なんだって、そう思ったのに、思ってたのに、思いたかったのに!
サンドイッチ状態の心は、それでもバランスを保っていたんだけど、壁は寄りかかるあたしの体温で暖かくなってしまっていて、
熱を、カンジ君の体を求める思いが勝ってしまって、どうしようもなくなってしまった。
「カンジ君」
これはあたしの、すごく個人的な問題なんだけど、人に、特に男の人には頼っちゃいけないんだと思ったけど、
とにかく今は助けがほしくて。思わず名前を呼んでいた。


「マキが今悩んでることは、何となくだけど分かる。オレも、オレが怖い。いいか、こっち向いて?」
恥ずかしさよりも自己嫌悪のため、人に醜態を見せたくなくて、でも頭の中には少しでもカンジ君に触れていたいって思いもあって、
それがまたあたしを自己嫌悪に陥れる。首を動かして壁にくっつけた額をずらし、横目でカンジ君の様子を伺う。
あのへらっとした笑顔があった。その笑顔はなぜかあたしを切なくさせて。
「さっきキスした時、マキはどんな感じだった?オレは、もっとマキの体を触りたい、キスしたいと思った。だから脱がそうとした。
 それはマキの事が好きで、少なからずマキをオレの思い通りにしたいって思ったからで、それは何でかって、ずっと問い詰めたら
 行き着く先がマキは女でオレは男だから、っつう結論になって。でも、その結果はオレにとっては不服なわけ。その結論は
 他の人たち、例えばオレとかマキの、あ、マキのってのは生みの親の方のな。両親でも通用しそうでさ。納得いかねぇ、って」
そこまで言って、またちょっと笑った。
あたしもつられて少し笑う。話を聞くうちにに体は自然とカンジ君の方に向いていた。
「でさ、オレは今まで女の子を好きになりそうになる度に、全力でその考えを否定しにかかってた。オレの中の、
 オレの父親と同じ部分を否定したくて。おかしいよな?……って、ナンか自分で話してて恥ずかしくなってきたぜ」
「その気持ちすごく分かる。続けて」って、催促したらカンジ君頷いて、
「マキは凄いよ、ホント。オレに似て、って言ったら失礼だよな。女の子は背負うものが大きいから。でも、それなのに
 そういう考えを表に出さずに、オレとか本当に気づかなかったし、振舞っててさ、何か……うん、オレ、マキの事なら
 父親がどうとか関係ナシに、心から好きになれそうな気がして、それで今こうやってて。
 オレは、マキが女に生まれて来てくれて嬉しいと思う。マキが嫌だって言うなら止めるけど、オレは続きをしたい」

嫌じゃないし。分かってたんだよね。最初から、頭の中だと。
でもカンジ君の話を聞いて。本当のお母さんへの恐怖が完全に消えたわけじゃないけど、すごく気分が楽になって、
「ありがとう、カンジ君。女に生まれてきた甲斐があったよ」
笑いながら言って抱きついた。支えてくれる体の暖かい体温、触れ合う肌ににじむ汗の感触が気持ちいい。
むずむずする、快感を求める感覚は確かにある。あるんだけど、それ以上にカンジ君を好きっていう思いが強くて、
そう思えるように成った自分のこと、少し好きになれた気がした。


密着した体が離されて、裸では少し寒さを感じる秋の空気が二人の間に割り込んでくる。
そのまま枕のある方にゆっくり体を倒される。ふわふわした毛布の毛先が素肌にあたってこそばいけど、気持ちいい。
「今まで気づかなかったけど、改めて見るとイイ体してるよな。腕とか腰とか細いのにどうして胸はこんなに」
上から、あまりに真剣にカンジ君が見つめるから……。
カンジ君の右手が乳房に触れそうになって、緊張から?色の濃い部分が形を変える。
「……起つととこ、初めて見た」
「は、恥ずかしいからあんま喋んないでよ」
胸に熱い息がかかる。
「かわいいな」
だからさぁ、そういうコトを言わないで欲しいって喉まで出掛かったけど、次の瞬間開いた唇から漏れた声は言葉に成らなかった。
「ぅああっ」
カンジ君の唇が乳房を包むように咥えて、その口の中で暖かい舌が動いて、硬くなった突起を刺激してくる。
まず頭に浮かんだのは、こそばい、という感覚で、その後から、なんだか不思議な感覚が体の奥から湧き上がってきた。
「ふっ、くうううぅ」
快感ともまた言いがたくて、本当に不思議な。
カンジ君に何か訴えようとするけど、声は言葉にならなくて、口から出るのは動物みたいなうめき声。
「んんっ、はうぅ」
舌で胸のふくらみが押されるたびに、自然と出てしまううめき声は、口を噤んでも漏れてしまって、それまで毛布を掴んでいた腕を顔に近づけて、噛み付いた。

カンジ君の舌は胸のふくらみから谷間に下りてきて、そのままゆっくりと臍まで下る。
両手で胸を押すように揉みながら、お臍の穴のなかを舐めている。
くすぐったくて笑い声が溢れそうで、息を止める。
恥ずかしくなって顔を背け目を閉じる。
体の内側、臍の緒がその昔、母親と繋がっていたその部分が締め付けられるような感覚。
締め付けられるって言っても生理痛の酷いときみたいな苦しさはなくて、感じてるのは優しさと切なさと、緊張と、
コレからするんだろうな、という行為への期待がちょっぴり。
素肌に触れるカンジ君の舌や唇、指や手のひらは暖かいというよりも熱くって、触られる度に心臓のドキドキが加速する。
「ふぐぅ……」
熱が離れたと思った。
薄く目を開くと目の前にカンジ君の顔があって。
「手、痛かったろコレ」
あたしの腕を掴んで、カンジ君がそう言って、確かにくっきりと歯形がついてその周りが唾液で濡れている。
でもさ、こうでもしないと声が漏れてどうしようもなかったんだから。
今見つめあうのはなんだか凄く恥ずかしくて。横を、ベッドに面した白い壁の方を向いて。
「は、恥ずかしいから」
さっきからソレばっかじゃん、あたし。
あー、カンジ君が凄い余裕そうでなんか悔しいし、恥ずかしいよ。ほらまた。
「は、早くどうにかして……」


顔が近づいて来て思わず目を閉じた。
お腹の辺りを撫でていた手がゆっくり下に伸びるのが気になるケド、それより人生三度目にして今日三度目のキスを期待して。
でも、カンジ君の唇は、舌はあたしの唇には降りてこなくて、代わりに、
「うぁぁ、みみやめぇっ……!!」
かかる息の音が、
「ぃや、カンジくん……」
痺れに似た快感が首から肩に伝わって思わず身をよじる。
「え、嫌だった?」
耳たぶを甘噛みする歯の感触が、
「いや……違うの」
背筋がぞくぞくして、体の奥に熱が集まる。
「続けて」
耳のうらを舐める舌の暖かさと湿り気が、
「……気持ちよかったから……」
その体の奥から、あふれ出しそうになる熱は耳から首筋に移るカンジ君の舌の動きに合わせて。
もどかしさに腕を相手の肩にまわして。
「あぁぁっ」
ふわふわした産毛は湿っていて、カンジ君が指に少し力を入れると、閉じているハズの太ももの奥の方から、くちゅり、と水音がする。
間違いなくあたしの体の一部から鳴った音に、恥ずかしくて思わず肩にまわした腕に力を込めるんだけど。
くちゅ。
優しく圧されてほんの一瞬、全身の力が抜ける。
「んぅ……」
「足開くぞ」
早口なのかゆっくり喋ってるのか分からないけど、カンジ君がそう言った。
離れる唇、離す両腕。ゆっくり剥がされるように離れていく体。
一度あたしの体から離れた手のひらは太ももに添えられて、カンジ君の体を抱きしめていたあたしの両手は
行き場を無くしてまたシーツを掴む。手のひらの汗はあたしの?それともカンジ君の?
広げられた足の付け根につかの間ひんやりした空気がふれる。
「……濡れてて光ってるみたいだ」
カンジ君がそんなこと言うから。また恥ずかしくなって思わず足を閉じようとしたけど、伸びてきた指がしこりに触れて。
「はあっ……っんっ!」
勝手に腰が浮いて肩が動く。一瞬息が止まったような気がした。

「気持ちいい?」
乱れた呼吸を整える。それに合わせて上下する胸のその向こうに、嬉しそうな顔のカンジ君。
二、三回首を縦に動かす。
「お、何か垂れてきた」
ぐちゅ。
―――――!
うわ、触られた。自分の体の中で、おそらく唯一あたし自身が触れた事の無い部分に。
ひだ状になってると聞いたことはあったけど、そのひだの一つ一つをゆっくりと撫でる指は溢れる液体を絡めとるように動く。
「ふああぁ」
「……すげぇ、ぬるぬるして気持ちいい」
くぷ、くちゅ、くちゃ。
水の音はだんだん大きくなっていって。
「ぅくっ……ひやあっ!はうっ!」
声が漏れてしまう。腰が勝手に動いて、両膝はゆっくりと外側に広がる。全部、無意識。
入り口をほぐす指が増えて、浮いた腰の奥の方からソコへ流れる液体の波の音が聞こえた。ああ……。
「見てみろ」
とろ、と流れ出した液を二本の指に絡めて、あたしに見せびらかすようにその指の間を広げて見せる。
ぬるぬるした液体は指から離れるのを嫌がるみたいにゆっくりと糸を引きながら垂れる。
さっきしたキスで糸を引いた唾液みたいに。
ああ、あたしってすごくスケベな人間なんだ……。


「マキ、いいか?」
腰に回された手に力が入ってそのままゆっくり持ち上げられる。
動きがゆっくり感じるのはカンジ君の緊張から?それとも早く『欲しい』と思うあたしの心がそう感じさせるの?
「き、緊張するからあんま見んなよ」
わたしの体はさんざん眺めまわした癖に、って喉まで出掛かったんだけど、言えなかった。
あまりにカンジ君の姿が可愛く見えて。
「うん、わかった。見ないから」
あたしはまたその頭を抱いた。今度は優しく、目を瞑って。
くちゃ。
解された入り口に熱いものが当たる。
ああ、来る。
目を瞑ったから、視覚以外の感覚が鋭くなっていて。
あたしと、カンジ君の息が、鼓動が、分かる。いや、分かってた。
急にカンジ君の体が遠くなったのに気づいて、あたしはおそるおそる目を開ける。
「……ごめん、何かやりにくい」
肩を掴まれてそのまま180度回転させられた。掴む体を失った両手に枕を抱く。
お尻を掴まれ持ち上げられる。四つん這いを崩したみたいな格好だ。
「え、何?こんな格好恥ずかしいよ。やっ」
ぐちゅ、ってまた水音が。同時に熱も。
「ごめんな」
ずりゅっ。
なかに、はいってきた。

「うぐぅう……」
押しつぶされるような感覚、痛い、キツい。
くるしいよ、カンジ君……溢れる涙を堪え切れなくて、まぶたごと顔を枕に押し付ける。カンジ君のにおいがした。
「ふうぅっ……カンジくぅん」
ぶち。体の奥か頭の中か、どこからか何かが千切れるおとがした。
ずっ、ずぶ。
「あ、ああっ」
アノおとはきっと、あたしの心の何かのスイッチだ。
「うあっ、あっ、ああっ」
痛いって、苦しいって、予想は前からあったよね、あたし。
でもソレがわかってて、ソレでもカンジ君が欲しかった。カンジ君が大好きで、愛しくって。
両思いだってわかって、戸惑いはあったし、今でもそれはちょっと残ってるケド、キスをして、もっと傍に居たいと思って、
触っていたくて、もっとずっと近くに居たくって、繋がっていたいって思って、今その願いが叶ってる――。
ずちゅ、ずぎゅ、ずぷっ。
カンジ君が動く度に体の奥から液がにじみ出て、それが性器を擦り付ける痛みを和らげるクッションになってくれる。
「あっ、ああっ、あんっ」
同時に聞こえてくる水音がまたいやらしい気持ちを呼び起こすけど、そのいやらしさは同時に気持ちよさでもあって。
近づいたり遠ざかってりを繰り返して、嬉しさや切なさを一緒にまぜて。
いつの間にか、あたしの方もカンジ君に合わせて腰を動かしてた。きっとそれは本能で。あたしとしても、一緒がいいから。
「はっ、あっ、ああんっ」
「う、ヤベぇ」
入りきれる一番奥まできて、カンジ君が呻くように言う。
一瞬、体のなかに収まっていた熱いモノが膨らんで、それにタイミングを合わせるようにきゅう、と体が締め付ける。
逃がさないように、離さないように、二人の幸せな瞬間をずっと留めておこうとするみたいに。
どくっ。
熱いなにかが流れてきた。
「マキ」
静かに呼ばれて。後ろから聞こえる声は静かでとても優しくて。
――ああ、今のあたし、最高に幸せじゃん。


「うー、腰痛い、体ダルい」
「ごめんごめん。マキが風呂入ってる間に昼メシ用意しといた。出前だけど」
「おー、ありがと。気が利くね……って、お寿司!?お昼なのに?」
寿司を食うのに時間なんて関係無いだろ。
「はい、マキの分。いいぞ、食べて」
一人前の寿司とお茶を差し出す。嬉しそうな顔してる。昼メシには少し遅い時間だし、汗をかいた後だ。腹も減るよな。
「いただきます。ね、カンジ君。さっきのワインもらっていいかな?」
「もちろん、ちょっと待ってな」
赤ワインをグラスに注ぐと、マキはにおいを嗅いで「キスのにおい」と笑った。
それから一口飲んで、
「なんかざらざらしてて辛くない?」
オレも思った。

「あ、そうそう、あたし今度生まれる弟の名前お母さんから頼まれてさ」
寿司を食う手を止めて、明るく笑ってマキが言う。
ベッドの上で見せた切なそうな苦しそうな表情も堪らなく好きだけど、やっぱマキといえばこの明るさだよな。
せめてオレの前だけではそう見えるように振舞うことは止めて欲しいけど、今のカオはそんな表情じゃない。
「寛治って名前にしてもらおうかな」
「ちょっ!」
ワイン噴きそうになった。
せめて『邦彦』とか『大一』とかもっと立派なオトコの名前にしようぜ。
「あたしの好きな人の名前は一つだけでいいよ。ね?カンジ君」
ほんのり色づいた頬とその上に浮かぶ笑った目はただ綺麗で、これが酒の力かマキの持つ魅力なのかは今のオレには判別出来なかった。


終わり

レス :
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