ぼくらの

878 : 関×ナカマ『お客さん』

投稿日:2007/09/09(日) 02:57:39 ID:EDoHfwi4

関の常識で計るに。
中学生を性愛対象にする人間、ましてやそれを「買う」人間などというのは
犯罪者であり、合意の上であっても変質者あるいはその予備軍に含まれる。
またそんな連中は異常性愛嗜好者であり、何らかのキャリアーの可能性も高い。
その点においてのみ、自分はまだマシだろう。
性癖はいたってノーマル(だと思う)だし、生体的な正常度は認知研のお墨
付きだ。脳波から神経に至るまで徹底的なチェックを受け、クリアした健康
状態だけは自信がある。

ナカマに案内されて玄関を上がるまでの間にとりあえずそこまで理論武装
しておく。今からする行為によっては自分もその「変質者」に入るのだが
それは無いと判断した。
いざとなったらナカマの気も変わるだろう。
さっきは興奮状態で、ああでも言わなければ本当に夜の街へと飛び出して
行きかねなかった。が、折を見て諭してやれば話を聞けない子じゃないはずだ。
それに。
先に立って部屋に入るナカマの後ろ姿を見ながら思う。
高い位置で結った髪、細い首。
しかしそのどれもが頼りない、歳相応の幼さにしか見えない。
哀しいかな関の守備範囲はものすごくノーマルだった。
ついでに、どっちかと言えば巨乳派である。男の浪漫で仕方ない。
妙なことになるとは思えないが、監視役にしては深入りしすぎかもしれない。
まだそんなことを考えていた。この時は。

「お邪魔します」
一言で言ってしまえばその印象は『仕事部屋』だった。
ミシンが2台。裁縫用の人形に、飾り気のない大きな鏡。
壁にかかった制服がかろうじて部屋の主が女子であることを示す他には
この年頃なら興味を持つだろう化粧品などの類も見当たらない。
女の子の部屋がどういうものか関にはすぐに実例は引けないが、もう少し
ぬいぐるみやら、よくわからない小物が飾られているものと想像していた。
かわりにあるのは小さなタンスの上の一輪挿しがひとつ。生花だ。
和室のせいもあるのだろうが、きちんと整えられすぎたこの部屋はとても
女子中学生のものには見えない。色が無い。落ち着きすぎているのだ。
だけど、ここは。
「ここが、摩子ちゃんの部屋?」
「はい。あ、すぐ片付けますから」
ナカマらしい、と言えばこの上なくナカマらしい部屋だった。

片付ける、と言っても物は少ない。
裁縫に使うのだろう生地を丁寧にたたみ、関にはよくわからない細々とした
道具や色とりどりの糸が入った籠を隅にどけてしまうと、すぐにする事は
なくなった。ちらりと関を見ると座るわけにいかないのだろう、物珍しそうに
ミシン台を眺めた姿勢で立ちつくしている。

自分の部屋が急に狭くなったような気がして、ようやくナカマはそのことに
思い至った。そうか、この部屋に男の人が来るなんて初めてなんだ。
というよりお母さんとナベさん、仕事を頼みに来る人以外で家に入った
人なんて関が初めてじゃないだろうか。
友達が来たことは、ない。
一度くらい、皆を呼んでおしゃべりしても良かったかな。
はじめて、そんな事を思った。
マキも来てくれるかな。でもやっぱりここじゃ駄目だ、ウシロくんのところ
くらい広ければ呼べたかもしれないのに。今まで一度だって考えたことは
なかったけど。もう少し皆のことも知りたかった、そして───

「摩子ちゃん、とりあえず話をしよう」
このままでは埒があかないと思ったのか、関が口を切る。
確かに、いつまでもこうしている場合ではない。今この瞬間にだって
『呼ばれる』かもしれない。時間がないのだ。
関は厳しい表情でこちらを見ている。彼ならばナカマの複雑でまとまらない
話も聞いてくれるだろう。
でも大人の男の人だ。友達でも仲間でも彼氏でもない。
結局、そういうものは持てなかった。
私が初めて部屋に招いた人は『お客さん』だ。
「あの、それじゃ、お布団敷きますので。その間、出てもらえますか」
「布団って、摩子ちゃんそれは…!」
「部屋、狭いし。押し入れの中とか見られたくないんです」

廊下に出されてしまった。
まだろくに話も出来ていない。どうしてこうまで極端なことをナカマが
思いついたのか、関にはいくら考えてもわからなかった。
残り少ない彼女の日常がこんなことでいいはずがない。なのに。
─── 何、してるんだろうな自分は。
これが田中ならばもっとうまく彼女の気持ちを引き出すだろうに。
そう、元はと言えば田中の一言でこんな事態になっているのだ。


半井 摩子の様子がおかしい。
その異常は保護という名の監視を続ける田中と関にもすぐに知れた。
操縦者に決まってからのナカマは、何か言いたそうに彼らの車に近づくが
その度に思い直したようにただ頭を下げて去って行く。
ここ数日、そんなことを繰り返していた。

「子供たちの方から、駆け込める場所が必要なのよ」
という田中の提案で、あえて隠れずに車を停めているのだが───
これでは逆効果なのではないだろうか。
ナカマはこちらに気付くと迷ったように目をそらすものの、いつも一礼して
から去って行く。性格的に無視もできないのだろう。
「やはり、露骨に監視されるのは辛いんじゃないでしょうか」
細い後ろ姿を見送りながら関が問う。
跡を追うべきかとも思ったが結局エンジンはかけなかった。
あの大荷物だ、いつもの店に仕立て仕事を納めに行くのだろう。
無意味な追跡はしたくない。

田中も特にそれを咎めようとはせず、ナカマの消えた角に視線を留めた。
「気持ちがいいことではないでしょうね。特にあの子は、人一倍責任感が
 強いから。疑われているように感じれば負担になってしまうでしょう」
「結局、我々に出来ることって何なんでしょう」
関は力なく言うと、ハンドルに体を預けた。答えはわかっている。
こうしてただ『呼ばれる』までの間、彼女を見守ることだけだ。

様子がおかしい?報告書を書きながら、幾度憤りを感じたことか。
わずか14歳の少女が、死を予告されて異常でない方が異常だ。
「でもまだ私達に出来る事だってあるはずよ」
田中の言葉が、沈みかけた関の思考を呼び戻す。
「関くん、ここはしばらくあなた一人に任せます」
「は?」
どうしてそうなるのか。田中はいつものように淀みなく説明を始める。
そしてこうなるとまず反論は出来ない。
「一対一の方が話しやすい事ってあるでしょう?
 半井さん、きっと何か話があるのに言い出せずにいるのよ」
「ちょっと待って下さい!」
それは、本気で待ってほしい。関は慌てた。
「摩子ちゃんは女の子です。そういうことならカナタさんの方が相談しやすいでしょう」
契約者である子供達には多いに同情しているし、軍人として彼らを守って
やりたい気持ちに嘘はない。だが、そもそも中学生女子など関からすれば
最も縁遠い存在なのだ。あの年頃の女の子が何を考えているのか、まして
うまく話を聞いてやる方法など見当もつかない。

「それに自分は…カナタさんほど、子供たちに信用されていません」
これも、本心だった。
田中は時に必要以上に彼らに踏み込み、姉とも母ともとれるような言動で
子供達に確実に受け入れられていた。それが関にはできない。
立ち入れば、それだけ自身も傷つく。近づいた分だけ冷静さを失う。
その危ういバランスの上で職務をこなす。そんな器用な真似は出来そうにない。
「関くん、もっと自信を持って」
どこか悔しそうな若い同期の姿に、田中は表情を和ませる。
関は少しだけ田中のこの顔が苦手だ。この女性にはかなわない、と思う。
「あの子たちはちゃんと見ているわ。私達が思うより、ずっと周りが見えているもの」

頑張ってね、最後にそれだけ言うと田中は本当に帰ってしまった。
駅まで送るという申し出も「ここで彼女を待っててあげて」という一言に
やんわりと拒否された。
単独行動はどうということはない、ないのだが。
シートに深く寄りかかり、関は子供達のことを考えた。男子はいい。
あの感情の振れは自身にも経験があることで、自分の言葉も通じるだろう。
だが女の子たちとなると話は別だ。
これがカナちゃんだったらまだ気は楽だ。あの子は子供だ、それに頭もいい。
マチだったら、アンコだったら。
一人一人の姿を思い浮かべて関は思考を打ち切る。不毛だったからだ。

夕暮れになってもナカマは戻らなかった。そろそろ探しに行った方が、と
関が思い始めたちょうどその頃、彼女の細いシルエットが曲がり角に見え
安堵する。ナカマは少し疲れたような様子で(ここ数日はいつもそうだ)
夕暮れの落とす自分の影と向かい合うように地面を見つめて歩いていた。
表情がわかるくらいに近づいた時、ふと顔を上げたナカマと目が合う。
こちらに気付いたのだろう。

だがやはり様子がおかしい。気付かぬふりをして通り過ぎてしまおうか、
迷っているようにも見える。もっとも、無視を決め込むにはナカマの
挙動は不自然に過ぎた。
その様は実に歳相応に見え、かわいいものだと関は思い直す。
これはこちらからきっかけを作ってやるべきだろう。話もしなければ。
窓越しに手を振ると、ナカマはすぐにこちらへ駆け寄って来る。
トレードマークのポニーテールが揺れていた。
そんなに急がなくてもいいのに。そんな事を思いながら関はルーフを下げ
彼女が来るのをしばし待つ。細い子だ。
全体的に体が薄いのだ。まさか栄養失調ということはあるまいが、本当に
ちゃんと食べているのだろうか。ダイエットなどで体を作る期間を無駄にして
しまったら今後の成長にも影響するのに。
そこまで考え、思考が暗転する。この子に「今後」は無い。

半井 摩子。彼女に関する調書は頭に入っていた。
裕福とは言えないが中流ではあるはずだ。そのデータには彼女には父親が
いないこと、あまり表に出したくない稼業に母親が就いていることも含まれて
いたがそれは無闇に触れるべきことではない。

走り寄って来たナカマは一礼はしたものの、予想に反して無言のままだ。
今日も飾り気のないシャツにジーンズという服装で、それが余計に彼女を細く
見せている。
やっぱり何か相談事だろうか。それも余程言いにくいことなのだろう。
何か言いたげに関を見るのだが、いざ口を開こうとしてはその度に弾かれた
ように目をそらしてしまう。いったいどうやって水を向けたものか。
考えあぐねた関が発したのは
「お帰り、遅かったんだね今日は。お疲れさま」
そんなごくあたりまえの会話だった。

それでもきっかけにはなったらしい。
「今日はいつものところじゃなくて、一つ先のお店に納品してきたんです」
普段通りの落ち着いた声でナカマが答える。
「慣れない道を通ったら帰りに迷ってしまったので」
「なんだ、言ってくれればついでに送ったのに」
何ということはない一言のつもりだった。が、にわかに表情を固くする
ナカマを見て関は後悔した。
「いいえ、これは私の仕事ですから。他人の手を借りる訳にはいきません」
きっぱりと言う。
そうだ、この子はそういう子なんだ。
しばし居心地の悪い沈黙が下りる。このままナカマが帰ってくれればと関が
気弱な思いに駆られ始めた頃、次に言葉を繋いだのはナカマだった。
車内を覗き込むように見回し、物問いたげに関を見る。
「…田中さん、いないんですね」
──── だから、言ったじゃないですか。
ここにはいない人にそう言ってやりたい。居たら言えないが。
「うん、田中さんもいろいろ忙しくてね」
やはり自分では駄目か。そうだろうな。
落胆を隠しつつなるべく優しく聞こえるように答える。せめて話くらいは
聞いてやりたかったが、どのみちこの調子では力になれそうにもない。

しかしナカマは立ち去るでもなく、上目使いで車窓に屈みこむように身を
寄せるとじっとこちらを見ている。話してくれる気になったのか。
頬を紅潮させ意を決したナカマの言葉、それは。
「あの、関さんは…彼女は、いないんですか?」
「え?!」
予想外だ。想定外にも程がある。なぜそういう話になる?
「どうなんですか」
重ねてナカマが問う。
真剣を通りこして必死な表情、それを見て思い出す。
この子は冗談でそんなことを訊く子じゃない。
「いや、残念だけど」
だから正直に答えた。見栄を張っても仕方がない。

口にしてからああ、と関は納得し同時にこれは荷が重いとも思った。
それなりに年長者としてあるいは軍人として、子供に聞かせられる良い話の
一つや二つは探せばあるが、こと恋愛相談なら自分にアドバイスできること
など多くはない。というよりほとんど無い。
だが意外だった。
この年頃で恋心を抱く相手がいるのは不思議ではないが、調書を読む限り
ナカマは学校に馴染んでいるようには思えない。むしろそういった甘やかな
ものをあえて遠ざけている節を感じていたのだが。
好きな子でもいるのだろうか。応援してあげたいが、役には立ちそうもない。
しかし続くナカマの発言は、関の予想をはるかに裏切っていた。

「じゃあ、私を…私を、買って下さい」

「何…を、だって?」何を言っているのか。
聞こえているはずなのに意味が、わからない。
一度吐き出したからだろう、ナカマの言葉は今度はとまらなかった。
「私を、です。私を買って下さい」
「摩子ちゃん…それ、どういう意味か」
「わかっています」
「なっ…」
「私とセックスして、その換わりにお金を下さいって言っているんです」
間違いようのない言葉できっぱりと言うナカマの姿は絶望的だった。
「なんで!そんな、君は」
思考がまとまらない。目の前にいるこの痩せっぽちな少女が。
「お金が、要るんです」
こんなにも簡単に、その体を売ろうとしている。
「どうして」
「それは、言えません」
ナカマはぎゅっと手を握りしめ、まっすぐにこちらを見ている。
何か言わなくては。こんなこと絶対に間違っている。そう思うのに、少女の
固い表情ときっぱりとした口調に関は気圧されていた。
「お金なら、僕がなんとかするよ。だから」
「駄目なんです。だって私には…もう返せないから」
そんな、そんな理由で自分を投げ出すのか。
「関係ない、なんなら国防省にかけあってもいい」
そうだ。軍人である関や田中にもしもの事があった時には、国防省を通して
国から何らかの補償がなされるだろう。だが子供達はどうだ。秘匿性を理由に
家族はおろか本人にすら何ら提供されていないではないか。

望みもしない道を追わされ、未来を失い、人知れず戦い、死んでゆく。その
子供達を前にどんな金額だろうと見合うものはない。
しかし、ナカマは揺るがなかった。
「それじゃあ自分が許せないんです。自分で稼いだお金しか、使えない」
絶句する。関の言葉など通じない。放心したように少女を見つめる。
ナカマは挑むような眼差しでその様子を眺めていたが、ふと視線を外す。
諦めにも似たそれは彼女が今まで見せた中でもっとも寂しげな表情だった。
「関さんが買ってくれないのなら、他の人に頼みます」
その言葉に一度は押しやった記録が関の頭をよぎる。
いるのだろう、彼女の周囲には。彼女を「売る」ことができる人間が。
そしてこの少女が。死を前にして何を思い、どんな想いでそうしたかも
知らず、ただ一時の愉しみのために弄ぶのだろう。
「駄目だ、摩子ちゃん!」
目が眩むほど一気に沸き上がる感情。それが怒りだと気付く前に関は車の
ドアを開けて飛び出していた。去りかけていた少女の腕を掴む。
あ、と短く叫ぶナカマを捉える。先ほどまでの固い眼ではない。ナカマは
腕を掴まれたまま、それでも関を見ようとはせず小さな声で言う。
「もう、時間がないんです」
「だからって、他にも方法はあるはずだ!こんな、こんなやり方は、最低だろ?!」
取り返しのつかない言葉。ナカマは腕を振りほどくと、関を見つめ
「でも私のお母さんはっ…!」
顔をゆがませ、崩れた。
関は思い出す。この子は操縦者になどならなくても、この年齢になるまで
充分に耐えてきたんだ。そうやって積み重ねて、これからやっとその意味を
知るはずだった。なのに。
「大きな声を出して、すまなかったね」
静かに声をかける。顔をあげたナカマは泣いてはいない。だがそれは、ただ
涙を意思でこらえているだけだ。
「お願いします。私の…私のお客さんになってください」
「摩子ちゃんは、本当にそれでいいの」
「はい、よろしくお願いします」
こんな時だと言うのに、ナカマはきちんと頭を下げる。それが、関には
たまらなく哀しく見えた。

「今日、お母さん帰らないって」
そう言うとナカマは自宅へ関を招いた。彼女の母親がなぜ帰らないのかは
聞かなかった。とにかく今、彼女を止められるのは自分だけのようだ。
操縦者のメンタルケアには軍も科学者も興味が無いのか、おざなりなのが
現状だ。だから、せめて近くにいる者が彼らを支えるべきだと関は思う。
それが些細なことであっても望みは叶えてやりたい。だが今求められている
ものは何だ?叱りつけてでも考え直させるべきか。話を引き出すべきか。
部屋に通されてからも、関はいまだ態度に迷っていた。
そして今「布団を敷くから」という衝撃的な理由で廊下に立たされている。
襖越しにナカマの気配が伝わってくる。本当に布団を敷いているようだ。
状況は不利になったと思っていい。

─── 何、してるんだろう私。
布団を敷く。
必要以上にシーツの皺を丹念に伸ばす作業に没頭していたナカマは、ふと
きりがないと気付き、手をとめた。他にすることがあるはずだ。
髪をほどいて軽く頭を振ってみる。ブラシを入れようとして、思い直す。
こういうのはもっと前にやっておくべきだった。
服もいつもの普段着だし、下着だって格別なものじゃない。

その、初めて、なのに。
いまさらながらナカマは少し後悔する。今からでも着替えるべきだろうか?
襖を見る。その向こうに居る、この部屋に馴染まぬ男性の姿を思う。
こんな格好じゃガッカリされてしまうかもしれない。
「どうして、関さんにこんなこと言っちゃったんだろう…」
誰でも良かった。むしろ全然知らない誰かの方が良かったはずなのに。
服は脱いでおくべきなんだろうか。
よくわからなかったが、何となく人に脱がされるのは厭だなと思った。
「あの、なんなら僕はここで話を聞くけど」
襖越しに遠慮がちな関の声を聞き、ナカマは飛び上がりそうになる。
思ったより長く待たせていたのかもしれない。
「やっぱりこんなことが正しいとは思えない。摩子ちゃんの気が変わったのなら」
「だ、だめです!」
自分でも驚くほど大きな声で関の言葉を遮る。
今この機会を逃せば、もう望みはかなわないかもしれない。
ナカマは一瞬だけ躊躇し、それから一気にジーンズを下ろした。
「…あ」
どうして今まで忘れていたのか。
身体中に冷たい液体を流し込まれるような錯覚。自分の体なのにうまく力が
入らない。立っていられなくなってナカマはその場へしゃがみこむ。
「摩子ちゃん?大丈夫?」
物音に異常を感じたのだろう、襖越しの声が緊急のそれへと変わる。
「関、さん」
すぐそこにいる人へ呼びかけているのに、喉がかすれてうまく声が出ない。
それでも彼の耳には届いたらしい。

襖を開けたことを関は後悔した。

日は落ちかけていたがナカマが望むほどあたりは暗くない。
それでもいつのまにか室内と廊下の明るさは逆転していて、襖に手をかけた
関の影と四角い形をトリミングしたまま長い明りを差し入れる。
夕闇の寄せる部屋の中央、シャツ一枚という不自然な格好で布団の上に少女は
座していた。髪を下ろした姿は、いっそう幼い。
だがそんなものに気がついたのは後だ。真っ先に関の目に飛び込んできたのは
少女の白い両腿に印された死の宣告だった。
ナカマはわずかに顔を上げ、すがるような眼で関を見る。
「…って」
「摩子ちゃん」
「怖くて」
窓から見えていた街頭に明りが灯る。
「怖くて、たまらないんです。一人でいると、叫びだしそうになる」
当たり前だ。けれどそんなことすら誰にも言えなかった。
「おかしいですよね。今までさんざん義務を果たせって言ってきたのに」
初めて告白するのだろうそれは半井摩子の嗚咽だった。
ああ、やっぱり。この子は声をあげずに泣くのか。そう思いながら、関は
部屋に足を踏み入れる。布団の感触で足もとは柔らかい。
「もっと皆のこと知りたかった。私のことも知っててほしかった」
ナカマの前に膝をつく。目の前にいるのは、どこにも逃られずに怯える女の子だ。
「私、私…やらなくちゃいけないことだって、わかっているのに」
これ以上は聞いていられなかった。今必要なのは言葉ではない。
不意に温かいものに包まれ、ナカマは言葉を失った。それが関の腕だと気が
ついた時、鮮明に思い出す。今まで何度も反芻したその光景を。

あの時、ジアースの中で私が『選ばれた』瞬間に ───
皆が振り返り、そしてうつむき視線をそらした。
そうだろう、どんな表情をすればいいのか。私もそうしてきた、多分。
そのくせ何人もの搭乗者を追い込んでいたんだ。
─── 一番、近くにいた人の表情を私は覚えている。
厳しい顔だった。
安堵でもない、憐れみでもない、むしろ怒っているみたいだった。
『私は、私の義務を果たします』
そう自分に言い聞かせる私をまっすぐに立つその人は見ていた。
それを、私は覚えている。
「…関さん」
「うん」
関は短く答え、片腕に収まるような少女の細い身体を抱きしめる。ナカマの
腕が遠慮がちに背中に回るのを感じる。それが、望みなら。他に出来る事が
ないのなら。関は自身の倫理や常識といったものに最後の蓋をした。

とはいうものの。
ナカマの細い体をどう扱ったらよいのか。肩に手をかけたまま、関は今さらの
ように戸惑い彼女の顔を見た。視線を受けたナカマは、そっと関の手を
振りほどくと立ち上がり、壁にかかっていたハンガーをとる。
「上着、脱いでください」
これではどちらが相手を気遣っているのかわからない。
「ありがとう。でも、いいよ」
それでもそんな日常的な仕草は部屋の空気をなごませてくれた。
ショルダータイプのホルスターは着脱に時間がかかる。体に馴染んだベルト
から解放されてしまうと妙に身は軽く、心細いような気持ちになる。
通常、関は室内でも上着をとることはしない。
その理由がこれだ。ジアース対策委員に編入されてから、彼には銃の携行が
許可されている。ジアースをめぐる子供達の周りは常に危険だった。ほどんと
条件反射で安全装置を視認し、折り畳んだ上着の中にそれを押し込む。
見てはいけないような気がしてナカマは目をそらす。どうしてそう思ったか
自分でもよくわからなかったが仕事を惹起させるものは厭だった。


「気が変わったら、すぐにやめるから」
あらためて向き合うと再び正座した格好のナカマは目に見えて体を固くする。
本当に体が薄い子だと関は思う。女性と呼ぶには幼すぎる。だがもう考えまい。
小さな顔、細い首。薄水色のシャツから覗く手首もどこまでも細い。その下に
伸びる脚にはあの不吉な印がくっきりと刻まれている。そのせいで余計に色が
白いのだと感じる。
手を伸ばし頬に触れると、びくりと肩を震わせた。
「…あ」
キスをするのも初めてなんだろう。
出来るだけゆっくり進めよう。いつでも止まれるように。
最初は、唇に軽く触れるだけの接吻を。
唇が離れるのをナカマはぼんやりと見上げていた。人の唇って柔らかいんだ、
と思う。
「外すよ」
関は彼女のシャツに手をかけこちらを見ていた。意識を戻されナカマは
にわかに全身を強張らせる。それがよほど不安そうに見えたのだろう。
「やっぱり、やめておく?」
少女はかすかに首を振ると小さく答えた。
「つ、続けてください…」
よほど恥ずかしいのだろう、語尾は消え入りそうだったが意思は固い。
その姿はじわり、と関の心に黒いものを残した。それが見る者に加虐的な
気持ちを抱かせるものだと彼女は気付いてもいない。

上から順番にボタンを外していく。一つ、二つ。三つめのボタンを外した時
シャツの下につつましく覆われた胸が覗く。
予想した通り、白い飾り気のない下着がナカマの肌を隠していた。健康的と
言って良いデザインのそれは欲情を誘うものではなかったが、彼女らしい
ものだった。
最初に部屋に入った時にも感じたのだが、どうもナカマはあえて女らしさや
色気を遠ざけているように関は思う。この年頃ならばそれなりに興味を持ち
自身を装うのが普通だろうに。
見ると、ナカマは視線に耐えるようにうつむいている。ほんのりと目元を染め
恥ずかしさに震えだしそうなのをじっと押さえていた。
「あの、そんなに見ないでください」
ナカマにそう言われてはじめて関はずいぶんの間、彼女を無遠慮に眺め回して
いたことに気付く。品定めされているように思ったのだろう、ナカマは視線を
落とすと
「変、ですか、やっぱり」
申し訳なさそうに呟く。
それがたまらなく可愛らしく、関は思わず微笑んだ。
「いや、そんなことはないよ」
いくら厳しく模範的に振る舞おうとしてもナカマは自分が思うよりはずっと
整った容姿なのだ。自然に女らしさを身にまとう頃にはさぞ色香のある美人に
成長していただろう。
その時に彼女を抱く男が癪だな。あり得ない仮定に下らぬ嫉妬まで覚える。
「いいんです、そんな」
関はまだ何か言いたそうなナカマの言葉を遮って首筋に顔を埋めた。
「…っん」
不意を衝かれたのだろう、ナカマは身をよじって反射的に逃れようとするが
腕を押さえられてどうにもならない。関は構わずに首筋から耳元へ、唇で
その形をなぞりあげていく。その課程で邪魔になった彼女のシャツを少しずつ
剥ぎながら、あらわになった肩にも唇を這わせる。
「…あっ…く、くすぐった…」
何、これ。すっかり混乱したナカマは知らずに声をあげていた。
くすぐったいのに、ぞくぞくと背筋が粟立つ。
「摩子ちゃん、気持ち悪くない?」
耳元で関が訊く。こんなに近くに他人の息使いを聞いたことはない。
音が空気の振動で伝わるのは知っているけど、きっとこういう事なんだ。
「は、はい…気持ち悪くは…ないです」
「じゃあ続けるけど…厭になったら言うんだよ」
いつでもやめるから、という言葉を省略して関はナカマの髪を撫でた。
その心遣いは彼女にとってなぜか切なく感じられた。

二人の間に言葉がなくなると微かな金属音が耳について、ナカマはなんとなく
今まで訊くのがためわられていた疑問を口にする。
「関さん、その、手はなんともないんですか」
関は動きを止め、体を起こすとナカマを見て困ったように言う。
「ああ、これ…気になるかい?」
「くっついたんですか」
その子供らしい問いに、関は思わず笑いそうになる。
「いや、そうじゃないけど。全部を修復するのはさすがに無理でね。
 大丈夫、日常生活には支障ないよ」

「あの時はびっくりしました。だって」
それは関にとっても同じだ。あんなものが存在し、なおそれを上回る事態など
誰も予想しえなかった。馬鹿げている。
考えないようにしていた事を思い出す。コエムシは今も「視て」いるのだろう。
追いつめられた末に、こうして身を寄せる少女とただそれを受け止めるしか
できない自分を。

構うものか。見えぬ相手に毒づく。
巨大な影に追い立てられるような焦燥はいつでもそこにあった。そこから
逃れるように関は再び少女の唇を求める。今度は少し強く。
ナカマは大人しく目を閉じたが、唇を軽く噛まれると驚いたように口を引き
結んでしまう。無理もない。
「摩子ちゃん…すこし、口を開けてくれるかな」
「…はい」
小さな顎を引き、促すとナカマは素直に唇を開いた。その素直さに関は一瞬
胸を衝かれる。自分は、何をしているのだ。けれどここで熱を失えば二度と
再びこんな真似は出来ないだろう。関は自身の想いをねじ伏せるように強引に
ナカマの唇をふさいだ。
あきらかな異物の挿入にナカマは大きく目を見開く。
「んぅ…んっ…!」
挿しいれた舌で口腔を犯す。片手で収まるような小さな頭を支えて逃げようと
する舌に深く絡める。
「ふっ…あ」
苦しげに胸にすがりつく手の頼りなさに一度は唇を離した。ごく近い距離に
互いの目を見合ったまま、ようやく解放されたナカマは大きく息をつく。
呼吸を整えようとなだらかな胸が上下する。
わずかに瞳を潤ませ、見上げるその顔に戸惑いはあるが嫌悪はない。それでも
関は聞かずにはいられなかった。
「続けても…?」
再び手を伸ばし頬に触れる。ナカマはもう身を引こうとはせず、小さく頷いた。
二度、三度と次第に長く深く少女の唇を奪う。受け入れ方を覚えたのだろう、
拙いながらもナカマは精一杯応えようとする。
「ん…ふ…」
向かい合い座したまま、互いに溶けるように何度も舌を絡め合う。背中に
回された関の手がふつりとナカマの胸を解放する。またひとつ身を剥がされて
いくのを感じながらもナカマは唇を離そうとはせず、関もまたそれを許さない。
直に空気に触れるのを嫌うかのように身を寄せた少女の身体を引き寄せる。
「は…」
名残惜しく唇を舐めて離す関の体へしがみつくように、ナカマはその背に手を
伸ばし、何気なくその先に視線を送ってどきりとした。
関の肩の向こう、そこにはこちらを向くように鏡があった。関の背中に隠れて
自分の姿はほどんと見えない。
やっぱり、男の人って大きいんだ。そんな事を回らない頭で考えた時
「あっ…!」
首筋に押し当てていた唇で、関がかるく耳を噛んだ。
そして、ナカマは見てしまった。今まで見たこともない表情で声をあげる
自分の姿を。
あれが…私…?
忘れかけた羞恥心が一気に体を支配する。何年も過ごして来たこの部屋で
乱れて声をあげる自分が、たまらなくいやらしい存在に思えた。
目を逸らす。見たくなかった。なのに、見てしまう。

「ひゃっ…!」
背中に回されていた関の手がゆっくりとウエストをなぞって降りてゆく。
くすぐったい、でもそれだけじゃない。もっと触ってほしい。ナカマはただ
それだけを思い広すぎて回しきれない背中に精一杯腕を伸ばす。鏡の中の
それも同じように関を抱く。その女はとても嬉しそう、だった。
触れられているところだけに熱が灯るような錯覚と虚像の中の自分。
ナカマの身体を確かめるように添わせていく関の指にうまく頭が回らない。
「あ…っん」
どうしようもなく追いつめられて、ナカマは関を見上げた。

「…摩子、ちゃん?」
腕の中、間近に見つめられ関は息を呑む。
小さく開いた唇、とろりとした瞳。僅かに汗をにじませ、すがるように自分を
見る少女はこの上も無く侵しがたいものに見えると同時に、滅茶苦茶に壊して
しまいたくなるような、そんな危ういバランスを関に突きつけていた。
白い肌、薄い胸が乱れた呼吸に揺れている。
「関さん」
「…焦らなくて、いいよ」
半分は自戒のための言葉。このまま続ければ、自分はどこかでナカマを壊して
しまうだろう。関は意識したことのない凶暴な欲求が、頭をもたげるのを
自覚していた。その扉は永久に閉ざしておきたい。
しかしそんな思惑は、どこまでもまっすぐな少女の前に無力だ。
「お願いですから、優しくしないでください」
いつでも引き返せるという鍵をナカマに委ねることで逃げ道を用意している。
それを指摘されたようで。
「どうして」
「それは…」
それはナカマにもわからなかった。ただ、関がナカマを気遣う発言をする度に
寂しさを感じている。そして、虚像を見せつけられてわかったことがある。
私は嬉しいんだ。こんな状態でも。この人に、抱かれることが。
「あ…」
ぽたり、と涙がこぼれた。今までずっと我慢できたのに。
気付いてしまうと簡単だった。
怖いんだ。本当に求められている訳じゃないことを思い知らされるのが。
誰でも良かった、なんて嘘だ。今頃気がつくなんて。

「摩子ちゃん」
厭だ。聞きたくない。
飛び込むようにナカマは関の首に手を回し、つい先ほど覚えたように唇を
寄せてそれをふさいだ。溢れる涙もそのままに滑り込ませた舌で相手を求める。
「…んっ」
驚いた関が応えるより早く、夢中になってそれを吸う。ぽろぽろと、もう
止められなくなった涙をこぼしながら。それは、あまりにも無心で一途な
求愛だった。
「っは…あ…」
だがナカマの知識はそこまでだ。ここから先のやり方なんて知らない。
鼻先が触れるほど近い場所で瞳を合わせ互いに息を交わした一瞬の後。
ぐるり、とナカマの視界が一転した。
見慣れた天井。それが自分よりずっと大きな影で隠れている。
今まで見せたことのない表情。押し殺したような低い声。
「もう、訊かないよ。…いい?」
両肩を痛いほどに押さえつけ、関が見下ろしていた。
その肩の痛みが今は嬉しい。涙を瞳に溜めたまま、ナカマはこくりと頷く。

「はい。関さんは私の…最初で最後の ─── お客さん、だから」


最後の1枚を残した無防備な姿の少女を押し倒してしまうと、関はあらためて
加虐的な衝動が内から沸き起こるのを感じたが、それを一瞬で呑み下した。
欲求のままに投げ出された細い脚とへ目を走らせ ───
あの禍々しい文様をそこに見てしまったから。
結局、熱にまかせて我を失うことも出来ないらしい。
強く抑えすぎていた細い肩から体重を戻すと、気配を感じたナカマが目を開ける。
恥ずかしくてたまらないだろうに彼女はあえて抵抗しようとはせず、その
白くあどけない胸を晒したまま健気にも関の視線に耐えていた。
「あんまり、見ないで下さい…」
耳元まで赤くしながら消え入りそうな声で抗議すると、ぽつぽつと言葉を続ける。
「わ、私の身体って痩せすぎでちっとも女らしくないですし…その、胸だって
 大きく、ないから…」
気にしているのか最後はどこか拗ねたように言う。
うん。まあ、確かに質量的には。でも。
服の上からはわからなかったが、なだらかに起伏するそれは成長しきってこそ
いないものの、とても綺麗に形作られて関を誘う。中心の突起には淡い色が
添えられて余計に色の白さを強調している。
「…これは宗旨替えかな」
ものすごくどうでもいいことを、ぼそりと関は呟く。
「え?…あっ」
まいったな。そう思いながらも関は自然と胸に顔を寄せていた。膨らみに手を
乗せるとそれは掌にすっぽりと収まってしまう。柔らかな感触を確かめるように
力を加えると、それは吸い付くようにふわふわと手の重みに合わせてゆるく
形を変えてゆく。
「ん…」
ため息のようなナカマの声を聞きながら淡紅色の先端を口に含む。
「ひゃっん!」
予想していなかった刺激にナカマはびくりと体を震わせる。もとより他人に
触れられることに慣れていないのだろう、ナカマの身体は敏感で関はその
素直な反応をどこまでも確かめてみたくなる。
口に含んだそれを中心に舌で輪を描くように舐め、先端を軽く押し込む。
「あっ」
思った通りの切なく高い声にたまらなくなり、次第に固く自己主張をはじめた
そこに歯を当てる
「っや、関さんっ…」
顔を上げると思わず関の頭を抑えるように手をかけていたナカマは自分でも
少し驚いた様子で真っ赤になっていた。
「摩子ちゃん、もしかして胸、弱いの…?」
「…っ!そ、そんなの知りませんっ…あっ」
く、と濡らした突起を指で軽く擦るように刺激されて再びナカマの腰が跳ね
上がる。関はもう片方にも口をつけると先端を吸い上げてその周囲を柔らかく
掌全体で包みながら撫でさすった。

「別に悪いことじゃないよ」
「あっ…しゃ、しゃべらないで下さいっ…」
敏感になりすぎているのだろう、声すら今のナカマの身体には響くようだ。
それに気付いた関はわざと音をたててその先端を吸ってみる。
「はっ、あっ…っん!」
刺激を受ける度に、触れられた場所から痛みにも似た感覚が背筋を走る。
どうしてこんなにも響くのか、それが何なのか少女の知識ではおぼろげにしか
わからなかった。それでも自身の秘所から何かが溢れて滴り落ちてゆくのを
感じ、そっと脚を摺り合わせる。
「ん…」
関はそれを見てとると胸にあてがった手をそろそろと降ろしてゆく。ナカマは
その行き着く先を予感してとっさに脚を閉じて身体を捻ろうとするが、遅かった。
「あっ…」
関の指が最後に隠された布に押し当てられる。
「厭…じゃないよね」
厭ではない。けれど自分の浅ましい想いを読まれていたようで恥ずかしさで
ナカマの頭が焼き切れそうになる。手を置かれただけでそこだけ温度が倍に
なるようだ。
だが関はそれ自体に手をかけることはせず、布の上から掌全体でそこを撫でていく。
今すぐにでもこの邪魔な布をずらして突き入れたいのが本音だが、まずは
慣らしていかなければ、というくらいの理性はまだかろうじて残っていた。
薄く知れるその合わせ目に指を沿わせると、すうっと温かいものが沁みだして
その色を変えていく。
「ふぁっ…あ…んっ…」
やや湿り気を帯びた布の上からそっと撫でられるもどかしい感触に、ナカマは
身をよじる。下着を触られて悶えている自分の、こんな姿を見られているのだ
という思いが余計に自身を昂らせてしまい、またそれがどうしようもなく
恥ずかしくてたまらない。
焦れったく歯がゆい責めは続く。布を通して伝わる体温と決して強くはない
刺激が甘く痺れるような波紋をナカマの体中をかけめぐっては苛む。
その度に清楚な布は新たに染みをつくり次第に用を成さなくなってゆく。
ぴったりと張りついてしまったそれは、むしろ関の目にナカマの秘所の陰影を
伝える卑猥なものへと変貌している。
「すごい…こんな…」
感嘆のこもったかすれた関の声に、ナカマは羞恥でおかしくなりそうだった。
「あ、もう…」
許して、と続けようとした時。その布が際立たせた陰影を頼りにぷっくりと
膨れあがった花芯を探り当て、関が指を立てる。
「あっ…あぁ…っ!」
一瞬息が詰まるほどに鮮烈な快感がナカマを襲う。腰から広がる波に力が
奪われて呼吸もちゃんと出来ているのかわからなくなっていた。

一方、関も限界だった。
着ていたものを乱暴に脱ぎ捨てると、ナカマを正面に捉える。
「おいで、摩子ちゃん」
関はナカマの背中に手を回すとぐったりと力が入らないらしい半身を起こし
自分の肩に寄りかからせる。
「あ…」
ナカマはされるがままに身を預けていたが、はじめて直に触れる人肌に
ぼんやりと安堵を覚えている自分に不思議な気持ちになる。関の胸は広く、
自分ならば二人分くらいは余裕がありそうだと思った。
安心できる場所ってこんな感じなのかな。
そもそも大人の男の人の裸を見るのなんて初めてのはずなのに。
そんなとりとめのない思いをまだ整わない息で考えるナカマに、遠慮がちな関の
声が意識を引き戻す。

「これは勝手なお願いなんだけど」
「はい…?」
妙に申し訳なさそうな調子にナカマは首を傾げて仰ぎ見る。見れば関もどこか
痛むかのような何かをこらえているような、そんな顔をしていた。
「…左手で触っていいかな。僕は右利きだから、うまく出来ないかもしれないが」
「え?は、はい、…でも」
どうしてですか、とナカマが問う前に。
「ふ…あっ!」
布の中にくぐらせた手で薄い茂みをあっさりと掻き分けた関の指が、そこに
つぷ、と沈みこむ。
「…ここは自分の指で、触りたい」
ゆっくり指を滑らせる。
布ごしに弄られ続けて敏感になりすぎていたそこは、ひくひくと震えて容易に
関の指を泳がせるが、中心に息づく花弁はやはり侵入するものを拒み少しでも
指に力がこもるとナカマの内襞は吸い付くように締め上げる。
「あっ…ふっ…」
「…痛い?」
ナカマの顔を見ながら出来るだけそっと指を動かす。少しずつ沈めていくが
やはり左手では微妙な力加減に自信がない。傷つけてしまいそうで怖い。
それでも右手を使うのは厭だった。
「ん…私は大丈夫、ですから…」
慎重すぎる指使いに何か感じたのだろう。ナカマは責め続けられて乱れた
呼吸のままそんな事を言う。
「うん…」
卑怯だと思いながらも関はその言葉を頼りに温かく湿ったその中にそろそろと
差し入れる指を増やして行く。が、二本挿れたところで引き抜いた。
とろり、と生温かい液がその指にまとわりつく。
引き抜く瞬間、ナカマはびくりと腰を浮かせると大きく息を吐く。やはり
苦しいのだろう。
指ですらこれほどきついのだ。この細い体で、はたして自分を受け入れる事など
出来るだろうか。
しかしその考えとは裏腹に水気を含んだその布に手をかけている。
それにもう止められるとは正直、自分でも思っていない。

ふと、見上げる少女と視線を重ね合う。折れそうなほど、細い身体。
先程からナカマは下肢を見ようとはしない。もちろん恥ずかしいのも多少は
あるだろうが、そんな理由でないことはわかっている。
関はあえて上半身に意識を向けるような愛撫しか、出来ない。
こうして全身を捉えてしまえば厭でも目についてしまうそれ。まるで見えて
いないかのように互いに振る舞っていることを、二人とも気付いている。
躊躇っているのはどちらなのか。微笑みながら、かすかに頷くナカマの姿に
最後の護りを関はためらいなく細い足首まで引き下ろす。
夜目にもはっきりと糸を引くそれが互いの熱の確かな証だった。

すべてをさらけ出し、ナカマは覚悟を決めると瞳を閉じた。
が。
「…関、さん…?」
関は脱いだ自分の服に手を突っ込みなにやら探している様子だ。
「その、やっぱり。付けないと」
「えっ?」
それがいわゆる避妊具のことを言っているのだとナカマが察するまでには実に
数十秒が必要だった。
「…だって、困るだろう?」
その間に探し物を見つけたらしい関はそんなことを言う。

それがナカマにはとても可笑しかった。だってもし、そんなことになったって。
その結果を受け取るまで自分は生きてはいられない。それに契約した以上は
おそらくは彼だってそう永くいられまい。それなのに。当たり前みたいに。
それがどうしようもなく可笑しくて、哀しくて。
「あんまり見ないでくれるかな。みっともいいもんじゃないし」
泣き笑いをこらえたら、笑っているように見えたのか。何やら器用にそれを
扱っている関は情け無さそうに眉根を寄せた。
「え?!いえっ、違うんです」
必要以上に大きく手を振って否定してから、ナカマはそれを見てしまいそうに
なって慌てて目を何も無い襖の方に向ける。実際ナカマには、それを見る
なんてとても出来なかった。そして以前聞いた話を唐突に思い出す。
「男の人はいざという時のために1つは持ってるって、アンコが言ってたの
 本当だったんだ…」
「…君たちはいつもどんな話をしてるんだ?」
我ながら年寄り臭いと思いつつ、関はため息をつかずにいられない。
「けど意外でした。関さんも、その…男の人なんだな、って」
「いや、これは」
支給品であることを説明しようとしてやめた。馬鹿馬鹿しい話だが、現在の
正規軍人は生体的にも管理が進められている。性行為感染症などもってのほか、
という理由なのだろう。かつて第二次世界大戦下にあったという悪質な冗談
まがいの品が大真面目に支給されている。
管理されている。全体が誰にも把握出来ないような巨大なモノに。そして今
もっと巨大で理解できないものに巻き込まれている。
この世界では誰もがシステムの一端である、という考え方自体は軍人である
関には理解しやすい。そこでは個というものは語られない。ナカマも似た
ようなことを口癖のように言っていた。
人は全体の奉仕者であるべき、だったか。だがそれは全てなんかじゃない。
向き直り小さな身体をもう一度、今度はそっと押し倒す。
「あ…」
そこには今感じているもの。
ナカマの吐息や体温、戸惑いがちに触れる指、羞恥と少しの好奇心を秘め
期待と不安に揺れる瞳、それらを感じるこの身体の熱がない。
記録されない、取るに足らないどこにも行けない想い。
他に出来ることが何もないのならせめて今、それを引き受けよう。

太腿に手をかけられると、今まで見ないようにしていたそこに標された刻印に
どうしようもなくナカマの意識は裂かれてしまう。
今はただ、この身体の熱だけを感じたいのに。一度そう思ってしまうと無理に
抑えて忘れたふりをした恐怖が身体を支配してゆく。一気に部屋の空気が
凍っていくような絶望感。
目を反らすことも、閉じることさえ私には出来ないんだ ───

不意にその印が大きな手で覆われて視界から隠された。その腕の先を辿って
ナカマはようやく関に視線を合わせる。
「見なくていい」
短く言う。それだけで、不思議なほどナカマの気持ちは落ち着いていく。
いくら手で覆ったところで体に絡み付くようにある不吉なそれを隠しきれは
しない。それにたとえ見えなくても、その存在はそこにある。
それを関もナカマも良く知っている。
それでもそんな関の言葉は叫び出しそうな恐怖からナカマを救い上げてくれる。
それがこの時だけでも構わない。

「…入れるよ」
痛みを長引かせるのは偲びない。
そう思い、関はあてがったそれをゆっくりと一息に挿し入れようとする。
熱く硬いものが痺れたそこに押し当てられるのを感じ、さっきまでとは違う
怯えをナカマは抱かなければならなかったが、その先には期待もある。
事実その花弁はもうずっと関を待ちわびてひっそりと濡れていた。
だが温かく濡れたそこはいまだに異物を受け入れるには充分な余裕が無く、
ぎちぎちと擦れて侵入してくるものを拒もうとする。痛みをこらえきれずに
ナカマの身体が逃れようとして反り返る。
「ひぁっ…あっ…!」
「…っ!」
圧倒的な締め付けに関も大きく息を吐く。挿入しただけで持って行かれそうだ。
予想はしていたが、こんなにキツいのか。一気に、と思ったがとても最奥
までは進められまい。
「…摩子ちゃん、大丈夫?」
下腹部から伝わる痛みと熱さに耐えていたナカマは声を出すのも辛いのか
答えられる状態にはなかったが、それでも小さく頷いてみせる。受け入れたい。
なのにそれが出来ない自分の身体がもどかしい、でも痛い。息が詰まる。
「う…くぅ…んっ」
「大丈夫だから、息吐いていいよ」
関は動きを止めてナカマの呼吸を待つ。ナカマが大きく息を吐くと、わずかに
そこが弛緩するものの締め付ける強さはさほど変わらない。
「…はぁっ…」
「そのまま、力抜いて…そう」
声をかけながら、関はナカマの身体に目を奪われていた。
まだ半分も入れていない繋ぎ目はその奥にあるものを守るようにぴたりと
関自身を包みながら閉ざされ、薄い茂みに続いていく。平らかな白い腹から
視線を移せば上下する胸の振れは少しずつゆるやかになっていた。その双丘の
頂きは先程までの愛撫で見た目にもわかるくらい固く上向いた紅い突起が
色を添えている。
「…ふ…う…」
羞恥とそれを上回る痛みで涙目のまま耐えているナカマの唇が空気を求めて
小さく震え、周囲を艶かしい吐息で染めていく。
凄い、眺めだ。そう関が思い息を呑んだ時、
「はっ…や、また大きくっ…んっ!」
やや落ち着いてきたはずのナカマがびくりと身をよじって声をあげる。
「…く」
急にまた強烈な締め上げを感じ、関もまた声を堪える。正直、このままだと
いずれ滅茶苦茶に突き入れてしまいそうだった。
「優しくしないって言ったよね」
「…え?」
「ごめん、入れたい」
初めて、関の方から求める言葉を聞いた。
再びせわしない息継ぎを余儀なくされていたナカマは、それでもこくりと頷く。
「はい…お願いします」
今度こそ全身の力を抜き全てを委ねようとする。その瞳に全幅の信頼を見て関は
ナカマの脚を抱え直すとそろそろと身を沈めていった。
ちゅぷ、という水音を立てて次第にその熱い塊をナカマの花弁が呑み込んでいく。
いくらナカマが受け入れる気持ちを示してもやはりそこは狭い。だが、互いに
最後まで繋がろうとする動きになると少しずつではあるが確実に繋がりは
深くなっていく。熱い内襞に吸い上げられては今度は逆に締め付けられて
押し戻されそうになりながら、関は自身を奥へと押し進めて行った。
短くはない時間をかけ、ゆっくりと呼吸が一つになってゆく。

やがてふう、と大きく息をつくと関もやや苦しそうにナカマの顔を見た。
「全部入ったけど…どうかな」
「あ…なんか…お腹がいっぱい、です…」
ナカマはとろんとした目で見上げて言い、恥ずかしそうに下腹を抑える。
彼女らしい素直な表現に関は暖かい気持ちになり、繋がったまま唇を吸う。
「んぅ…ふっ…」
「なるべくゆっくり、するから」

「はっあっ…あっ…はっ…ん…」
どのくらいこうしているのか、ナカマにはもうよくわからなかった。
間近に見上げる大きな体に揺さぶられながら、ただただそれに身を任せている。
─── あ…関さんと今、してるんだ…私…
熱い。身体の中を掻き乱す硬いもの、次第に強く腰を掴むその手、その全てが
熱くて苦しくてたまらない。なのに。どこか深いところから押し寄せる快感が
それを欲しがっている。
定まらない視点で見る天井はぼやけ、部屋全体が揺れているみたいだ。なのに
その姿だけはちゃんと見えている。瞳が合う。関が大きく動いてナカマの脚ごと
覆い重なるように唇をふさぐ。
「んぅ…!」
折り畳まれるような不自然な姿勢で口腔をも容赦なく犯されながらそれまでとは
別の快楽がゆっくりと全身へ満ちてくるのを感じ、ナカマは我を失いそうになる。
「あっ…ふぁ…ぁあ…あっ…!」
あきらかに違う反応を見せたナカマに関はすぐに応える。
「…ここ、だね?」
抑えようとしても次第に突き上げる速さを上げてしまうのは、もはや関自身も
止められなかった。
ん ─── 入ってくる、入って…
幾度となく繰り返し突き上げる抽送の度に、意味をなさない声がだらしなく
自分の口から漏れるのをすでにナカマは堪えきれずにいた。
その中で確かな意味を持つものは一つだけ。
「関…さんっ…」
名を呼ぶとナカマは苦しげな息のまま関の背中にしがみつき、より深く身を
絡ませようとする。無意識にしているのだろうその動作はナカマの内襞を
きつく閉め上げ繋がった関を駆り立てていく。
「…っ」
「あ、もっ…もう…」
昇り詰めて行く。その間にもただもう瞳が合えば噛み付くように唇を重ねる。
腰全体へ痺れが満ちていくのを関も感じていた。限界が近い。
もうすでに衝き方は定めてなどいられない。ただもう赴くままに突き上げる。
「んっ…はっ、あっ…ふぁっ…」
「…摩子」
「!…っは…はぁ…っ………あぁっ!」
それが引き金となり、一杯に満たされていたナカマの内は一気に収縮して
関を搾り取るように痙攣する。
「ふあっあっ…あっあああぁっん!」
「…っく!」
ほとんど悲鳴のような高い声を挙げてナカマは自身が空になるような高い波に
呑まれてゆく。
その後に関もまた決壊を迎えた。内側に熱いものが染み出していく感覚をどこか
他人事のように、でもとても幸福な気持ちで少女は感じていた。


絡み合ったまま全身を弛緩させて息をする。体格差がありすぎてナカマには
関を全て抱えきれない。第一、背中に届かない。例え届いても今は力なんて
もうどこにも残っていない。
だからせめてこのまま。だと言うのに。
「…摩子ちゃん、大丈夫?重いよね」
まだ呼吸も整えられないナカマは荒い息のまま、ふるふると首を振った。
「い…いいんです…だから、もう少しだけ…」

私はお金の為に。関さんは多分、仕事の為に。
ただそれだけの理由で、した事だけど。それでもいい、とナカマは思った。
応えてくれた人がいて感じた温かさは確かに「ここ」にある。
きっとこういうことの幾つかが、あなたにもあったんだ。だから強く生きられる。
─── そうなんでしょう、お母さん。


車に戻るから、という関をナカマはそこまで送ると言ってきかなかった。
時間も遅いし反対したのだが。実際、送られるほどの距離はない。
関はそれをほんの少しだけ残念に思った。
二人で並んで歩く事はせず、ナカマは背の高い後ろ姿を見上げながら関の
すぐ斜め後から着いて行く。あんなに乱れた想いで通った場所を、今は
こんなにも静かな気持ちで戻る事ができる。
ナカマにはそれがとても不思議な奇跡のように思えた。
「関さん。私を買ってくれるって、そう言いましたよね」
「…ああ」
正直、関は忘れかけていた。しかし少女は最初からそう言っていたはずだ。
彼女はぬくもりが恋しくて抱かれたのではない。いくら考えても事情は想像
できないが、金が必要だと言っていた。あいにく手持ちは少ないが、貯金は
無いわけでもない。ここから一番近いATMは何処だったか。
そんな関の思考は続くナカマの一言で吹き飛ぶことになる。
「じゃあ、あれを私に買ってくれませんか」
ナカマの指差した先には。
「お財布置いて来ちゃったし。さっきから喉、乾いちゃって」
一台の自販機が夜の町角に明るく存在を主張していた。

「でもその、摩子ちゃんはお金が必要なんだろう?」
ナカマに缶コーヒーを手渡しながら関が訊く。
「はい。必要でした」
熱いのだろう、缶を手に転がしながらナカマが答える。その様子は実に歳
相応の少女の姿だ。
周囲に対し人一倍気を使うあまり、いつもどこか張りつめていた。
その壁を外してさえしまえば、こんなにも明るく自然に振る舞えるのだ。
「でももういいんです。私、わかったから。それに」
「それに?」
「関さんからはお金、貰いたくないなって…思っちゃったから」
それがどんな意味なのか関が考えるより早く
「私はもう、大丈夫です。
 私は、私のやるべき事を果たします」
ナカマはいつもよりずっと柔らかな口調で、いつものようにきっぱりと言い
初めて見せる顔で ─── 笑った。

おやすみなさい、そう言って頭を下げるとナカマは部屋へ戻って行く。
少しでも眠っておいた方がいいと関が何度も言うまでは身を寄せるでもなく
ただ黙って二人で缶コーヒーを飲んでいた。けれどそれは無駄な時間では
なかったし、彼女にとってもそうであって欲しいと関は願う。
結局、なぜナカマがそこまで思い詰めていたのか、何が彼女を変えたのかは
わからなかった。それに自分の行動が適切だったとも思えない。
思えないが最後に見たナカマの笑顔を思えば、どんな懲戒処分も不服はない。
もうだいぶ冷たくなった空き缶を見て、関は迷いと共にそれを捨てた。
明日からの自分も、ただ見守ることしか出来はしないだろう。
それでも、見届けよう。一瞬も目を逸らさずに最期まで。


待機場所に戻るとバンの前には見慣れた赤い車が停まっていた。
「カナタさん!」
いつから居たのか。
切れ者で知られる同僚はいつものように涼やかに問う。
「どう、半井さんの様子は?」
「だいぶ落ち着いたと…思います」
そう思いたい。かえって心を乱すようなことになったら(そういう行為に
及んだことは事実なのだが)やりきれないし、自分を許せそうにない。
「そう?なら良かったわ」
その笑みが、やけに怖いのは気のせいですか。
関の背中に冷たいものが流れる。
確かにその…やりすぎたとは思う。だいぶ手荒に扱ってしまったし。いや、
それ以前の問題として問題だ。それに個人的には巨乳の女神に捧げた信仰の
危機である。この点において自己分析が通用しなくなるのは大問題なのでは
なかろうか。
ほんの数時間前のことを思い出し、赤くなったり青くなったりする関を田中は
面白そうに眺めていたが、予想に反してそれ以上深く追求することもなく
「だいぶ疲れているみたいだし、交代しましょう。
 何なら一時帰宅してもいいわよ。ここは私が引き継ぎます」
あっさりと解放してくれた。
「はい、では仮眠だけとらせてもらいます」
あからさまにホッとした表情の関は必要以上に慌ただしく車に戻る。
「お疲れさま」
その後ろ姿に向かって田中は聞こえぬように呟いた。


翌朝。
そろそろ登校時間だ。田中は静かに車外へ出ると彼女を待つ。
ふと見れば関は運転席でシートも倒さないまま眠っていた。待機中だから、
とでも言うのだろう。あれでは体が休まるまい。
国防軍ではエリートと言って良い経歴ながら、そのやり方は決してスマートに
納めきれない彼の、そんなところを田中は信用している。

正確にいつもと同じ時間、戸口に立つ少女の姿に目をやる。
ナカマは車外に立っている田中を認めるより先にバンの運転席を見る。
それから田中に視線を移す。
いつもこうなのだ。
関くんは気付いていないようだけれど。
もしかするとナカマ本人も最近まで気付いていなかったのかもしれない。
田中はそう思っている。

「おはよう、半井さん」
夏は終わりかけ、次第に涼しい空気が流れ始める朝。
それでもセーラー服の少女には夏のイメージが似合う。
「おはようございます、田中さん」

「関くん、優しくしてくれた?」
田中の問いにナカマはみるみる顔を赤くしたが、歩を止めると
「はい、とても」
やわらかく、微笑んだ。
それは同性の田中から見てもハッとするような満ち足りた笑顔で。
「そう」
つられて田中も自然と微笑む。
この子はもう。
女である自分も、女としての仕事を選んだ母親も否定しないだろう。
「じゃあ私は学校へ行きます」
「行ってらっしゃい」
ぺこり、と頭を下げて遠ざかっていくナカマの後ろ姿。
それをしばらく見送ってから田中はいまだ車中で眠る同僚に目を移す。

「ヘタそうだけどねぇ、関くん」
                     【 終 】

レス :
($date)
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